Knock'in on your Heart










浅香がホテルの部屋に戻ると、ユニットバスの扉が開いていた。
入った時高木が閉め忘れたんだろうか。
おかげで部屋は既に湯気でもやもやと湿気が充満している。
よく喉を気にするミュージシャンなどが、加湿器代わりにわざと開けっ放しにしておいて湿度を高くしておく、なんていう話は聞いたことがあるけれど。
まさかそのためにやっているわけではないだろう。
普通に忘れたんだろう、そう結論付けて浅香は扉を閉め、そのまま部屋の奥に向かった。

高木が出たら自分も入ろう。
そう思って荷物から着替えやタオルを取り出す。
けれどそうすると、さっき扉を閉めたユニットバスの方から何やら声が聞こえてきた。
しかも妙に大きな声。
はたと動きを止めて耳を澄ますと、どうやら浅香を呼んでいるようだった。
その呼び方が妙に切羽詰まっていて、浅香は着替えも放り出して慌ててそちらに走った。
強く扉をノックしながら声をかける。

「高木っ!?なに?どしたの!?」
『あっ、あさか!浅香っ!!ドア、ドアっ!』
「なに!?ドアがどうかした?え?もしかして開かないとか?ちょ、えと、・・・えと、開けるよっ!?」

さっき閉めたのは自分だが、それでも入浴中の相手が中にいる扉を開けるというのは何となく勇気が要る。
けれども今は恐らく非常事態だ。
そんなことを言っている場合ではない。
浅香はドアノブを思い切り掴んで捻ると勢いよく開け放った。
もしかしたら開かなくなってしまったのかと危惧していたが、扉はあっけなく開き、むしろ勢いがつきすぎてしまったくらいだ。
そうして開けた中からは、むせ返る湯気と共に高木がバスタオル一枚を手に凄い勢いで飛び出してきて、浅香は思わず硬直してしまった。
確かに手にタオルは持っているけれども、所詮は持っているだけなので今その身体は何も覆うものもなく、高木は雫と湯気をまとわりつかせているだけの状態なのだから。

「こら浅香ー!」
「うえっ!?」
「なんっで閉めるんだよ!」
「えっ?えっ!?」
「開けといたのに!」

高木は若干眉を顰めて浅香に抗議する。
そうして浅香はいつの間にか壁際に追い詰められていた。
というか、高木の勢いに押されて浅香が退いてしまったからなのだけれども。
成長期故にいつの間にか越してしまった身長は、浅香の僅か下に高木の顔を持ってくる。
艶やかな黒髪が濡れて雫をしたたらせ、僅かに頬を紅潮させる様。
浅香はそれをぼんやり眺めてからはたとして、一気に沸騰したように顔を赤らめてしまう。

「っちょ、ちょちょちょっ、た、たかきっ・・・」
「は?なに?なんだよ、ていうか人の話聞けよ」
「と、とりあえず服、・・・服着ろよっ」
「え?・・・・・・っ、ちょ、浅香!見んな!むこう向け!」

高木はそこでようやく今の自分がどういう格好で浅香に迫っているか自覚したらしい。
途端に狼狽えた様子で、手にしていたタオルを取ってとりあえず大事な部分を覆い、慌てて着替えを引っ掴む。

「お前が見せたんだろーっ!」

浅香は浅香で、なんとなく自分が悪いような気がして慌てて背中を向けた。
けれどもはや手遅れとばかりに、頬はどんどん熱くなる。
自分は風呂に入ったわけでもないのに。
もうそちらは見ていないのに。
なんだか脳裏に焼き付いてしまったのだ。
同じグループである以上、着替えで裸くらい見たことはある。
けれど濡れているのがいけなかったのだろうか。
いやでも、濡れているのだってコンサート後なんかは汗をかいているから似たようなものな気もする。
浅香は壁を前にしたままうんうんと唸るようにして考えた。
考え出すとますますさっきの映像は鮮明に浮かび上がってしまうのだ。
そして思考から言葉は自然とこぼれ落ちていた。

「あし・・・ほんとながいなー・・・」
「・・・・・・なにを呟いてんの、お前は」
「うわっ!」

すぐ後ろから声がして、慌てて振り返った。
そこにはとりあえず、と言った体でタンクトップとハーフパンツを身につけた高木が胡乱気な表情で立っていた。
浅香はパチパチと目を瞬かせながら思わずこくんと頷いていた。

「や、脚がさ」
「脚がなに?」
「長いなーって」
「知ってるよ」
「うわ、自慢?」
「お前が言い出したんじゃん」
「だって・・・なが・・・」
「まじまじ見んなよ。・・・ていうか言うことはそれだけ?」
「え?」

既に最初のきっかけなど忘れてしまったとばかりにぽかんと口を開ける浅香に、高木はムッと眉根を寄せて今開け放たれている扉を指差した。

「そもそもが、なんでドア閉めちゃうんだよ、って!俺開けといたのにさ」
「あ、だって、閉め忘れたのかなーって」
「違うよ。俺はわざと開けといたの」
「え、そうなの?」
「そうなの」
「あ!高木、喉に気ぃ使ってんの?すごいな!」
「はぁ?なに言ってんのお前・・・」

また浅香の天然か、と高木は軽く溜息をつきつつ、とりあえずもう自分は出たからと扉を閉めた。
僅かに湯気が残る部屋。
浅香は何のことかよく判っていないらしく、不思議そうな顔で高木を見下ろしている。
自分の濡れた黒髪をタオルで拭きながら、高木は軽くばつ悪そうに小声で呟いた。

「あのさー・・・言ってなかったっけ?」
「ん?なにを?」
「俺、だめなの。閉められんのが」
「閉められるのがって・・・扉をってこと?」
「そう」
「なんで・・・?でも閉めないとさ、部屋が湯気でもわもわになっちゃうじゃん」
「まぁ、そうなんだけどさ・・・」

純粋に向けられる疑問とその表現の子供っぽさに、大人びて見えても相手がまだ14歳だという事実を高木は否が応でも実感させられる。
ここら辺は自分が大人にならなければならないだろうか、なんてことも思う。
けれどそうは言っても高木とてまだ17歳だ。
昔から苦手なことを急に我慢しろと言われてもなかなか難しい。

「うん、と・・・じゃあ、高木は何が嫌だった?」

そう言ってじっと見下ろしてくる瞳は妙に穏やかで、やはりなんとなく大人びてはいる。
それでも中身はまだまだ子供でしかない。
そんなアンバランスさに高木は苦笑するしかなくて、タオルを肩にかけて部屋の奥に向かいながら、なんでもないことのように呟いた。

「俺、狭いとこだめなんだ」

理由はそれだけ。
言葉としては「閉所恐怖症」なんてものに当たるのだろうけれども、実際言葉にしてみるとなんとも情けない気がする。
しかも知らない狭い場所では扉すら閉めたくない程ともなれば。
ベッドサイドに腰掛けて再び髪を拭きながら、高木は小さく溜息をついた。
年上として、なんていう意識はあまりない方だが、それでもやはりあまり話すべきことではなかったかもしれない。

無言で髪を拭いていると、隣に静かに腰掛けた気配を感じた。
顔だけでそちらを向く。
浅香は少しだけ困ったような顔で何か言葉を探して視線を彷徨わせながらも、小さく呟いた。

「うん、と・・・とりあえず、ごめん」
「・・・あー、いいよ。知らなかったんだし、ていうか確かに部屋が湿っぽくなるしね」
「うん・・・で、俺、思ったんだけどさ」
「ん?」
「まず、俺はこれから高木がお風呂入ってても、ドアは閉めない」
「ああ・・・うん、ありがとう・・・」

理解してくれるのは嬉しいのだけれども。
なんとなく首を傾げずにはいられないのは何故だろう。

「で、もしも他の誰かがドアを閉めちゃったとしたら、開けにいくよ」
「は・・・?」

思わず髪を拭いていた手を止めてしまった。
その拍子にタオルが頭から滑り落ちそうになる。
それを咄嗟に手でキャッチして、代わりに浅香の手が高木の髪を柔らかく拭く。
その動き同様柔らかで穏やかな笑顔を高木に向けながら。

「さっきみたいにさ、呼んでくれればいいよ。俺が開けに行くから」
「・・・・・・あ、うん」
「ね、そうしよう。よし、オッケー!」
「あー・・・うん・・・」

高木はそれ以上言葉が見つからず、とりあえずそう頷くことしかできなかった。
髪も浅香が拭いてくれるのでなんとなく、そのままされるがままで。

浅香はなんだか妙に楽しげに高木の髪を拭き続けた。
高木の髪って真っ黒で綺麗だよね、なんてニコニコ言いながら。
なんの頓着もなさそうな平和な笑顔で。

その心のドアすらも開けてしまったことなんて、まるで知らない顔で。










END






先走りすぎです。
とりあえずパッション優先的、な・・・。うわー。
ネタとしては、高木雄也がシャワーの扉を閉められるのがダメっていう過去記事より。カワユス。
(2006.11.13)






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