君の本気と僕の本気










「うそだ」

さっきから繰り返されるその三文字。
高木のぽってりとした柔らかな唇からそれが強ばった形で紡がれるたび、浅香は眉を下げてなんだか悲しそうな顔をする。
そんな顔をさせたくはないと、それだけは強く思うのに。
それでも高木は繰り返すことを止められない。

せめて浅香がその言葉をもう言わないでくれれば、自分も言わずにいられるのに。
高木は小さく眉根を寄せて顔を背け、俯いて思った。

けれど浅香は高木の紡ぐ三文字を聞く度に確かに小さく傷ついて、そのくせそれでも繰り返す。
まるでそれしか言葉を知らないとでも言うかのように。
穏やかで、けれどまだ幼さすら垣間見える曇りなき眼で真っ直ぐに高木を映して。

「好きだよ」

その長い指先が視線を逸らして俯く高木の頬に触れる。
恐る恐る、まるで逃げられないように、とそんな想いを込めるようにそうっと。

「たかき・・・?」

そうしてゆっくりと覗き込まれても、高木はそちらを向かない。
伸びた艶やかな黒髪が目元にかかって表情がよく判らない。
高木はそうして小さく目を伏せて、うっすら開いた唇でただ壊れたオルゴールのように呟くだけだ。

「うそだ」
「・・・うそじゃ、ないよ」

決して強い調子ではない。
迷子の子供みたいだった。
けれどそれでも迷いのない声だった。
どうしてそんな風にはっきりと言えるのか高木には判らない。
信じられるわけもない。

浅香は頬に触れたのとは逆の手をそうっと高木の肩に廻し、緩く抱きしめようとする。
けれどそれには高木も抵抗して、ぐい、と手で胸を押し返す。
ついでに顔が小さく上がって少しだけきつい色を帯びた涼しげな目が、浅香を上目でじっと睨むように見た。

「浅香」
「なんで?」
「・・・なんでって」
「なんでうそって言うの?」

本当に判らない、と言った調子で眉を下げた顔。
応える応えないのレベルではなく、この気持ちすらも信じて貰えないなんて。
浅香はただ初めて抱いたこのなんとも言えない気持ちにつける名前をようやく見つけて、ただそれを高木に伝えたかっただけなのに。
肝心の高木はそれを受け入れるどころか認めてさえくれないのだ。
むしろ聞きたくもないとばかりに顔を背けて顰める。
これはそんなにも間違った感情だろうかと、浅香はそう考えると悲しくなる。

「浅香、お前さ、考えてみて」
「なにを?」
「こんなのおかしいから」
「なんで?なんでおかしい?」
「おかしいよ。俺は女の子じゃないんだよ?わかるだろ?」
「・・・うん、わかる」
「だったら、もうそんなこと言うなよ」

小さく考えるように頷く浅香に溜息をついて、高木は廻された腕をそうっと優しく外そうとする。
わざわざ説明してやらなければならない程のことでもないだろうとも思うが。
確かにそういったことに興味を持ち始める年頃ではあるだろうし、なんでもしてみたくなる頃だろうし、早い奴ならそろそろ実際その手の経験だってしている頃だ。
生憎と高木はまだ可愛いレベルの経験しか持ち合わせてはいなかったけれども、それでも知識ならそれなりにある。

遊びでするならそれでもいい。
その程度のことを教えてやれる知識ならある。
気は合うし体格的にも問題はないかもしれない。
でも、浅香にそんなことを教えてはいけないと高木は思っていた。
いずれ経験することだとしても、それならばきちんと女の子を相手にするべきだと思っていた。
まるで少し過保護な兄のようだとも思ったけれども、それは確かに高木の本音だった。
何より、そんなことを一種の経験として教えるなんて、自分の心が耐えられそうになかった。

「・・・お前モテんだからさ、なにも俺とか・・・そういうの、おかしいから」

浅香といるとなんだか一気に老け込む気がする。
まだ俺だって現役高校生のはずなのにな、と高木はそっと溜息をつく。
いかに相手が更に年下とは言え、なんだかおかしい。
おかしいのはむしろ浅香ではなくて自分なのかもしれない。
浅香はともかく、自分は若気の至りでは終われそうもない。
だから信じてはいけない。

「だけど、高木」

いったん僅かに離れた身体が再び密着した。
トン、と身体を押されたかと思うと後ろの壁に押しつけられ、じっと間近で見下ろされた。
右肩を押さえつけてくるその手をチラッと見て、高木は困ったように眉を寄せる。

「なに?」
「それでも高木がいいよ」

肩を押さえつけていた手が離れ、頬に触れていた手も離れ、その両手が今度は高木の両頬を包むようにして覗き込んでくる。
何も知らない子供のくせにやることだけは妙に様になる。

無知って奴は厄介で最強だ。
高木はどう続けるべきかと考えつつ、その手のひらの下の頬が次第に熱を持っていくのに耐えられず、思わずギュッと目を閉じた。


どうせなら考える暇もないくらい、全部してくれればいいのに。


「・・・たかき?どした?眠い?」

けれどそれは望むべくもないこと。
苦労をするのは惚れた弱みと諦めるしかないのだ。










END






ゆーたんは「嘘だろ」が口癖なんだってさ!モエス!というところから浮かんだようなそんなようなネタ。
なかなか信じられない臆病な子とかツボですよ、という。
(2006.11.13)






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