Dearest Half










「ただいまー。きみたかー帰ったでー」

午後9時過ぎ。
すばるは妙に上機嫌で仕事から帰ってきた。
いつもよりか軽い足取りで小脇に鞄を抱えて。
けれどそんな明るいすばるとは対照的に
玄関でそれを出迎えた侯隆はむっつりと眉根を寄せていた。

「・・・遅いわ」
「なんやお前、帰ってきた旦那に向かって第一声がそれか」
「オカエリナサイ」
「なんやねん。めっちゃ感じ悪いな」
「感じ悪いんはどっちやねん。遅なるんやったら連絡の一つも寄越せよ。
折角飯作ったのに。冷めてもーたやんけ。アホ。ボケ」

その悪態には軽い拗ねが含まれていた。
侯隆はたまに・・・本当にたまにではあるのだが不満に思うことがある。
そもそも夫のすばるは気分の上がり下がりが激しく、
一見そうは見えないが基本的に人間が繊細に出来ている。
だから外で様々な要因を積み重ねてはナーバスな状態で帰ってくることも多々あった。
そんなすばるの機嫌が良くなるのはだいたいが夕食時だった。
侯隆の作った夕飯を前にして、二人他愛もない話題に花を咲かせている内に
その表情にも本来の悪戯っ子のように無邪気な笑顔が戻っていく。
だからこそ侯隆は料理はあまり得意ではなかったけれどいつも夕飯にだけは力を入れていた。
それなのに、すばるはたまにこうして平然と連絡もなしに遅れて帰ってくるのだ。
面倒だとか忘れてたとか、そんないい加減な理由をつけて。

「今日はおまえの好きなモン、ぎょーさん作ったのに。あーあ、もー俺報われへんわ。やんなるわ」

これみよがしに嫌みたらしく言ってやる。
もちろんそんなことをすれば気の強い、言い換えれば
亭主関白とも言えるすばると衝突してしまうのは目に見えていたけれど。
言うところは言っておかねば割に合わない。
それで喧嘩になるのは正直嫌だったが、それを敢えて覚悟で侯隆はああだこうだと文句を言い連ねた。
けれど意外なことにすばるはそれを大人しく聞き、あまつさえ少し申し訳なさそうにぺこりと頭を下げたのだ。

「あー・・・そら、悪かった」
「・・・え?」
「せやから悪かったて。色々あってん」
「・・・・・・なに、どしたん」
「どしたってなにがや」
「や、・・・具合でも悪いん?」
「・・・べつに。心配せんでも大丈夫やで」
「そ、そか・・・」

あまりにも殊勝な態度に侯隆は逆に戸惑う。
こんなすばるはいつものすばるじゃない。
確かに喧嘩しないで済むに越したことはないが
予想しうるリアクションがないのはまたそれはそれで不安になるものだ。
帰ってきた時が嘘のように大人くなってしまったすばるに内心あれこれと考えを巡らせつつ
とりあえず侯隆はすばるの顔を窺ってみた。

「じゃあ、まぁ・・・飯食う?暖め直すし・・・」
「んー・・・今はええわ。後で食う。・・・せやから、ちょおこっち来い」
「こっちて・・・ちょ、すばる?すばるっ?」

すばるは侯隆の手をぎゅっと掴んで引っ張っていく。
内心何事かと混乱を来しつつ侯隆が連れて行かれたのはリビング。
自分が連れてきたくせに、すばるはテレビの前まで来るとさっさと侯隆の手を離し
その場にどかっと胡座をかいて座り込んでしまう。
なんやコイツ・・・と怪訝そうに眉根を寄せつつ、侯隆も一応と言った様子でその近くに座った。
侯隆が座ったのを確認するとすばるはチラリと視線を寄越した。
でもそれだけ。
その視線だってすぐさま在らぬ方に行ってしまう。

「・・・すばる?」
「・・・なんや」
「そらこっちの台詞やわ。なんやねん、さっきから」
「さっきからてなんや」
「さっきはさっきやろ。なんや変やでおまえ」
「変てなんやねん。さっきから失礼なやっちゃな」
「せやからさっきから変やねんおまえ」
「さっきからさっきからてうっさいねん。さっきていつやねん」
「さっきはさっきやろ。おまえかてさっきて言うたやん。・・・もー、わけわからん。なんやねん」

いい加減堂々巡りの会話に苛立つ。
基本的にこの夫婦の会話を他人が聞いていると大抵が「意味がわからん」と言う。
それはお互いにのみ通じるテンポや空気感があるからなのだが。
けれどいかにそういったもので本能的に通じ合っている二人とは言え、全てがそれで判るわけではない。
呆れる程に似たもの同士であると同時、どこまで行っても平行線なところのある二人だから。

ため息混じりで少し困ったように窺ってくる侯隆に、すばるはもう一度チラリと視線をやって呟いた。

「・・・キミ、」
「うん?」
「膝枕して」
「は・・・?」
「ひざまくら」
「・・・ひざまくら?」
「ひざまくら」
「・・・ほんまに?」
「ウソなんてつくか」
「・・・・・・」

今日は色々と唐突な発言が多すぎる。
それを余程突っ込んでやろうかと思って、けれど侯隆はすぐに止めた。
そんな目で見られたら何も言えなかった。
そんな妙に真剣な目に、熱っぽい光を湛えて。

無言で姿勢を直して自分の膝の上を軽く叩いてみせる。
すばるは一瞬嬉しそうに笑って子供みたいに四つん這いで寄ってくると、ころんと横に転がった。
その小さな頭が侯隆の膝の上にことんと載っかる。
かかる重みに侯隆はなんだか胸が掴まれるような思いがして、目の前にある綺麗な黒髪をそっと撫でた。
サラサラと流れるようなそれは触れた指先から様々な想いを沸き起こす。

「・・・どないしたん」
「・・・どないもせんけど」
「そ、か」
「・・・なんか訊けや」
「今訊いたら言わんかったやんけ」
「もっかい訊けや」
「なんちゅーわがままやねん・・・」
「お前とおるとワガママになんねん、俺は」
「俺のせいにすんなや」
「せいやなくて、おかげやねん」
「・・・」

・・・そんなん言われたらますます何も訊けなくなるやん。
侯隆は内心だけで呟いてから、少し身を屈めて膝の上にある頭に顔を近づけた。
小さな声でも届くように。

「・・・どないしたん」

常になく穏やかな侯隆の声。
すばるは一つ大きく息を吐き出してからごそごそとポケットをまさぐった。
指先に当たった小さな金属の感触。
そこにそれがあるのは当然判っていたことながら
ポケットの中で掴んだそれをゆっくりと恐る恐る取り出してみせる。
侯隆が不思議そうに見ている先で細い指先が小さな銀色の光を弾く。
輝く石も華美な装飾もなく極々シンプルなプラチナリング。
すばるは一度それをリビングの照明に掲げて目を細めてみせてから、
ゆっくりと侯隆を見上げてその白い手をとった。
侯隆はその指輪が自分の左手の薬指にはめられていくのを何処か他人事のようにぼんやり見ていた。
指の根本まで収まった指輪は、けれど少しだけ隙間があったようで僅かに余っていた。

「・・・あ、ちょお緩かったか」

小さく呟いたすばるの言葉でようやく事態を飲み込む。
自分の左手を他人の物のように見ては目を白黒させている。

「え・・・なに、なにこれ、なんなん・・・・・・えええ?」
「ほんま、なんやろなー・・・」

当のすばるすらも白い指にはめられた指輪を眺めて何処かぼんやりと呟く。
それにはさすがに侯隆も眉根を寄せて下にある顔を見た。

「・・・おまえが訊くなや。俺が訊きたいわ」
「自分でもようわからん」
「なんやそれ」
「・・・仕事帰りにな、偶然見つけてん。コレ」
「・・・なんで」
「なんや、スイートテンダイヤモンド、やっけ。そんなんの特集やっとってん」
「・・・これのどこにもダイヤモンドは見えへんねんけども」
「アホか。まだ俺らは10年も経ってへんやろ。10年早いわ」
「確かにそうやけど、おまえ『10年早い』の使い方ちょっとおかしいで」

そんな減らず口を叩きつつも、侯隆は自分の指にはめられた銀色の輝きを
未だ慣れない様子でまじまじと見ている。
こんなものつけなれない。
はめてもらった記憶どころか自分ではめた記憶すらなかった。
だからなんだろうか、さっきから胸の鼓動が落ち着かなくてしょうがない。

「なし崩しやったやん」
「は?」
「俺ら」
「・・・まぁ、そうなるんかなぁ」
「お互い、特に何も言うてへんやん」
「まぁ・・・なぁ・・・」
「せやから。やるわ」

そっけなくそう言ったかと思うとすばるは体勢を変えて侯隆に背を向けてしまう。
その表情がほとんど見えなくなってしまったことが、ちょっぴり不満で。
またそれ以上を言ってくれないことが、ちょっぴりつまらなくて。
侯隆は左手ですばるの耳を軽く引っ張った。
左手を動かす度に小さく銀色が照明を弾く。

「・・・せやからて、なに」
「せやからはせやからや」
「わからん。・・・もっとちゃんと言えや」
「・・・いやや」
「なんやねん。全然わからん。おまえわからん。すばるわからん」
「うっさい。判れや。アホ。アホキミ」
「・・・・・・俺だけ?」
「は?」
「おまえの分は?」

言いながら、侯隆の右手がすばるのポケットをごそごそと探る。
すばるはしまったと言った体で慌ててそれを遮ろうとするけれど、少し遅かった。
侯隆は満足げな様子で小さく笑うと、自分の左手にあるのと同じ指輪を取り出してみせた。

「あったでー」
「・・・なんで見つけんねん。うっとい」
「なんでて。買ったんやったら同じやん」
「同じやないわ。なんでおまえが見つけんねん」
「俺が見つけんで誰が見つけんの」
「・・・あー、キミタカうざい。ほんまうざい」
「おまえかてうざいで。おあいこやわ」
「・・・」

すばるはもっともっと色々言い返してやりたかった。
言われっぱなしは我慢ならなかった。
けれど侯隆が随分と楽しげに、そして幸せそうに笑いながら自分の左手を取るもんだから。
そして同じように自分の薬指にもその指輪をはめてみせるから。
自分の指にある銀色を何度も何度も見て、また笑うから。

「・・・ありがとなぁ?だいじにする・・・」

結局、同じように楽しげに、そして幸せそうに笑ってしまった。

お互いにお互いが自らの半身のようなもの。
なくてはならない、けれど普段はさして特別にも思わない、それでもかけがえのない存在。
それをいつだって心の奥底で忘れないように、これはそのための証。



「コレ高かったやろー」
「な。給料3ヶ月分てすごいよな」
「えっほんまそうなん?大丈夫なん?」
「これも男の甲斐性てヤツや」
「・・・ふーん?」
「・・・なんやねん。なんやねんキミタカ。なんやそのニヤケ顔は」
「すばるさぁ、さっきさぁ・・・」

自分の膝の上にあるすばるの顔を見下ろして。
侯隆はふふ、と柔らかく笑った。
その左手と左手が小さな輝きに繋がれたまま。

「さっきさぁ・・・コレ渡すのに緊張してたんやろ?」
「・・・・・・」

すばるはそれに若干ばつ悪そうにしつつ手を伸ばし、侯隆の頭を引き寄せた。
小さな声でも届くように。

「・・・生涯、最初で最後やねん。緊張くらいさせろアホ」

最初で最後の半身。
そんな君にありったけの想いをこめてこの輝きを。










END






第五弾昴横ですー。
むずかし、かった・・・。相変わらずすば兄さんがわからん。
私的にエイトメンの中で一番思考的に男らしいというか、亭主関白になりそうなのは
すば兄さんだと思います。これは頑なに。
結構発言の端々を聞いてると「黙って俺に着いて来い」って感じだよね。素敵。
だから亭主関白すばるさんと良妻侯隆さんが割と根本にあったりするんですが、意外とこれが。
・・・まぁ書いてみたらよくわからんことになったわけですけども。亭主関白出せんかったなー。
でも明らかに他と空気が違う昴横。いいな。
一応テーマは「膝枕」と「指輪」であります。まー恥ずかしい。
(2005.6.2)






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