Promise
安田章大は昔から可愛いと言われ続けてきた。
小柄な身体で小動物のような動きをするところ。
常に一生懸命で努力家なところ。
何でもそつなくこなすように見えて、ここぞというところで抜けているところ。
いつだって周り全てに優しくて他人を放っておけないところ。
そして何よりその笑顔。
とにかくいつだって彼には「可愛い」という形容詞がつきまとった。
男なのに可愛いなんて、と本人も思わないではなかったが。
可愛がられていると思えばそこまでとりたてて不満というわけではなかった。
彼は周りを気にするタイプだったので、その分周りから注がれる愛情にも敏感だった。
だから時に度を超えていっそペットのような扱いをされたとしても、
これも愛情なんだと甘んじて受け入れていたのだった。
けれどそんな彼もやはりれっきとした男だ。
むしろ内面的には平均より余程男らしいのが実のところだったりする。
そんな安田はつい最近結婚した。
そしてその時誓った。
愛する妻はこの手で守り、共に歩んでいく以上はその人生を決して後悔なんてさせない、と。
いっそ大袈裟な勢いではあったが、それは安田章大の男としての矜持でもあった。
ついでにもういい加減「可愛い」は卒業しなくては、と固く心に秘めるのであった、が。
安田が結婚した相手とは、他でもない。
誰よりも安田を可愛いがり、構い、からかい、同時に弟だかペットだか判らない扱いをしてきた人物だった。
「・・・ちょっと、キミくん」
安田は手にした掃除機のノズルを降ろし、そのスイッチを切る。
先ほどから部屋を満たしていた掃除機特有の吸引音が止んだ。
そんな掃除機などお構いなしに床に転がってはずっと安田を見ていた侯隆は
きょとんとした顔で首を傾げた。
「なにぃ」
「邪魔ですっ。もー掃除してんねんからどっかちゃうとこにおってって!」
「なんやねん。俺は疲れてんねんぞー。眠くて動かれへん」
「そんなん、毎日夜中までゲームなんぞしとるからやろっ」
「やっておもろいねんもん。寝られへんやん」
「やってやないです。理由にならへん」
そう呆れたように言いながら、安田はノズルの先で転がっている身体を軽くつつく。
けれどつつかれた侯隆は特に抵抗もなくゴロゴロとフローリングの床を転がっていくばかり。
そして結局、途中でソファーに当たってくったりと止まった。
そしてオマケのように小さなあくび。
「うわあ、もう、しょうもな・・・」
そんなナマケモノもびっくりな様に
安田は更に呆れたようにため息をついては再び掃除機のスイッチを入れる。
あとはこのリビングだけだからさっさとやってしまおう。
そんなことを思いながらさくさくとノズルで床を掃いていく様は主婦さながらだ。
自分でもそれを自覚して安田はこっそりと苦笑する。
確か俺は奥さんを貰ったはずやねんけどなぁ、と。
「章大ー」
「はいはい」
「腹減ったわー」
「もうちょっと待っとってください。これ終わったら作るから」
「んー」
掃除機をかける安田のちょこまかとした動きをぼんやり眺めながら
侯隆は転がっていた床からソファーの上へと緩慢な動きでよじ登り、また結局転がる。
身体は安田より余程大きいのに、
ソファーの膝掛けにこてんと頭を預けて片膝を抱えながらぼけっとしている様は、妙に子供っぽい。
それは元が綺麗な顔だけに余計抜けて見える。
「いつまでも変わらん人やわ、ほんま・・・」
目の端に映るそんな妻の姿に、くすりと笑って小さく呟く。
それは掃除機の音にまぎれて侯隆には聞こえなかった。
確かに安田は侯隆を嫁に貰ったはずで。
でも実際のところの役割としてはまるで逆で。
掃除も料理も買い物もゴミ出しも、ほとんど安田がやっていて。
侯隆がやることと言ったら洗濯程度。
当初こそこれでいいのかと思いもしたし、
周りにもどうにかした方がいいと言われたりもしたけれど。
結局のところ、それは大した問題ではないことに安田はすぐに気が付いた。
「よう動くなー」
ノズルで床に落ちたゴミを吸い上げながら
同時に散らばった雑誌類を手早く片づけていく安田の姿を見て、
柔らかな薄金茶の髪をソファーの上にゆらゆらと揺らす侯隆は感心したように言う。
「おまえはほんま働きもんやな」
「そらキミくんが全然やらんからでしょ」
「おまえがやるからやらへんねん」
「なんでですの。俺のせいみたいになってるやん」
「せいていうか、ほんまそうやし」
「・・・まったく、もう」
傍目から見ればどんな駄目妻かと思われそうな発言ではある。
けどそんな顔で見られたらしゃあないわ、と安田は思ってしまう。
自分をそんな楽しげな嬉しげな、幸せそうな顔で。
まるで居場所を見つけて安心する猫みたいに。
そんな風に見られて不満に思う余地は、少なくとも安田にはなかった。
「なぁなぁ、なんかやってほしい?」
「まぁ、少しはなぁ・・・」
「んなら、今度やるわ。せや、掃除機くらいなら俺も使えんで!」
きゃらきゃらと高いトーンで笑う様に、安田はまた愛しさのこもった苦笑をひとつ。
「今度ね。ほんなら吸ったゴミ捨てる時、
フタが開かんからってヤケになってそこら辺にぶちまけんようにしたってや」
「・・・あれは掃除機が悪いわ。開かんかってんもん」
「あんたはどこまで不器用やねん、もう。ほんまにもう」
「俺だめやな〜」
「ほんまですよ」
「おまえがおらんとあかんねん」
さらりと殺し文句。
思わずそちらを見やれば、なんだか楽しげに自分を見つめる白い顔。
そうだ。
さっきから何をするでもなく。
侯隆はただずっと安田を見ている。
飽きもせず、ひたすらに。
「・・・もう、キミくんがええならそれでええわ」
「俺もおまえがええならそれでええぞ」
「はいはい」
だからこそ安田もまた、飽きることなどなく軽やかな動作でノズルを動かすのだった。
「キミくん、ちょっと出かけてくるから待っとって」
掃除が終わり、次は夕飯を作るために台所へ向かったはずの安田は
すぐさま財布ひとつを手に戻ってきた。
侯隆はそれにぽかんと口を開けて目を瞬かせる。
「は?なんでぇ?ごはんはー。ごはん」
「そのごはんの材料がな、ちょっと足りひんもんがあんねん。
キミくん、カレーにじゃがいもないとあかんやろ?」
「おお・・・。確かにじゃがいもがないカレーなんて邪道やわ。あかんわ」
「せやからな、ちょっと待っとってください。すぐ帰ってきて作るから」
「んー・・・」
侯隆は何か考えるような様子を見せながら小さく頷く。
それを見てとってから安田はパタパタと走って玄関へ行き、サンダルをつっかけて家を出た。
ついでに買うものは・・・と階段を下りながら考える。
ああ、そうや、どうせやからキミくんの好きなプリンでも買ってこう。
確か今日はセールもやっとったはずやから、ティッシュとかもまとめ買いしよか。
けれどそうして階段を下りたところで、後ろからすごい勢いで降りてくる足音がして。
何事かと振り返ると、侯隆がタンクトップにスウェットというさっきのままの姿でそこにいた。
「キミくん?どしたん?」
「おれも、行くわ。荷物持ちくらいにはなるやろ」
「ほんま?ええのん?別に俺一人でも持てるで?」
「ええねん。・・・一人でおっても、別にすることとかあらへん」
ぼそぼそと呟くようにそう言ってさっさと歩き出してしまう。
その姿に思わず安田は吹き出すように笑った。
そしてすぐさま小走りで追いついて並んだ横から見上げる。
少しだけばつ悪そうな、唇を尖らせた顔。
「なんやねん。笑うな。笑うなこのチンパっ」
「チンパ言わんといてくださいってっ。もう」
「笑ったお詫びにプリン買えよ」
「なんのお詫びやねん。わけがわからん。プリンは最初から買うつもりやったし」
「・・・ほんなら、ええわ」
並んで歩く二つの影が、コンクリートの地面に長く伸びている。
それをじっと見つめたら。
なんだか、胸がじんわりして。
安田は隣にある真っ白な手にそっと自分のものを伸ばした。
「なぁキミくん、あんな。・・・手、つないでもええ?」
「・・・ん。おまえが迷子にならんようにつないだるわ」
「や、迷子ならキミくんの方がよっぽど心配やで。
頼むからやめてな?スーパーで呼び出しとかさせんでな?」
「お、おまえバカにしとんのか!ほんまうっさいわ!」
「・・・やって心配やもん。どっか行かんといてな?」
「せやから何遍も言うてるやろ。人の話聞けや」
きゅ、と握られた手。
その温もりを実感する度に、安田は心の中で何度も思う。
「俺はおまえがおらんとあかんて。・・・どっかなんて行くか」
自分がいなければ駄目だと。
そうでなければ幸せになれないと、そう言ってくれたこの愛しい人を幸せにするために。
「ほんなら、俺もここにおるから」
絶対に離れたりしないと、何度でも何度でも、そう誓う。
END
さくさくと第四弾で安横です。初挑戦!たぶん最初で最後。
・・・でも意外と楽しかったな〜。いいな。いいな。
や、なんか安横というか横安でもいけるというか、詰まるところどっちでもいいと。ユリだと。
私にとってはどっちも可愛いので、ほんとなんか妙ににやけちゃう(怪)。
とりあえず、面倒見の良い夫とダメ妻ですよね。裕さんに甲斐甲斐しい章大が書けて本望。
テーマは・・・実は今回半分くらいは達成できなかったんですけど・・・。
「一緒にお買い物」だったんですよね。チャーミーグリーンしたかったんですよね。
予想以上に掃除がメインに(笑)。まぁ最後におてて繋いでお買い物に行く二人は書けたのでいいかなと。
あーかわいいなかわいいなーこの二人はほんとにもう。
(2005.5.21)
BACK