愛染玩具 3










収録が終わると、河合は大きく伸びをしながらグループの控室に入る。
今日は月一のレギュラー番組ではなくイレギュラーな収録だったから、いつものキスマイのメンツはおらず、そういう意味では常程の騒がしさはない。
従っていつもキスマイのメンバー誰かしらとじゃれ合っては控室に真っ直ぐ帰ってくるということがほとんどない河合も、今日は寄り道なく帰ってきたのだ。

「あー、今日はたいして踊ったわけでもないのになんか疲れたなぁ〜。俺も歳かなぁ」

河合はそんなことをどこかしみじみと呟きながら、さっさと赤いジャケットを脱いで衣装棚のハンガーにかける。
後から続いて部屋に入ってきた戸塚は、既に脱いでいたジャケットを手にその様に表情だけで笑う。

「河合ちゃんはまだこないだ二十歳になったばっかじゃん」
「でもさー、二十歳になってからが早いって言うし」
「いやでもさっきの見てる限り、河合ちゃんはまだまだ若いって。元気みなぎってるって感じ」
「みなぎってる?そう?俺まだまだイケる?」
「むしろ河合ちゃんは二十歳になってますます格好よくなった」
「え、マジで?」
「まじで。だって俺、さっき河合ちゃんばっか見てたもん。あのね、最後の片膝ついてキメるとこ、その横顔がね、すっげー格好良かった!」

戸塚は手にしていたジャケットをハンガーにかける前に広げながら笑う。
てらいなくそう言う笑顔はいつでも無邪気だ。
本来端正な顔がまるで子供のような純粋さで満たされる。
そうしてそんな真っ直ぐすぎる言葉を向けてくる。
いつだって戸塚はそうやって河合を褒めてくれる。
そこにはなんの含むところもなく、ただただ純粋に河合を賛美する。
いっそ盲目的な程に河合のあらゆる部分を褒め称える。
いったい自分のどこがそんなに気に入って貰えているんだろう、と河合はたまに思う。
褒めてもらえるのは嬉しいけれど、普段さほど言われ慣れているわけではないし、何より周りの仲間達は基本的に河合に対しては構うという意味でむしろ意地の悪い言葉を向けてからかうところがあるから、余計に戸塚のようにストレートに褒めてくるのは珍しいのだ。
だから嬉しい反面なんとなくくすぐったくもあるし、戸塚相手では茶化せないから気恥ずかしくもある。

「ん、ありがとー。トッツーはいつもそう言ってくれるよね」

河合はどこかくすぐったそうに肩を竦めて鏡台の方に向かい、インナーの黒いノースリーブシャツのボタンを外し始める。
細い指先の動きがゆっくりと緩慢なのは、鏡に映った自分に視線を向けているからだ。
そこには華奢な身体が腰の辺りまで映っている。
細い首筋、狭くて薄い肩、厚みの胸から腹、大きい手なら一掴みできてしまいそうな細い二の腕と手首、それらを今更にまじまじと見て、河合は常でこそつり上がっている眉を小さく下げる。
自分の身体なのだからいい加減慣れているが、やはりこうして改めて見ると貧相な身体だと思ってしまう。
普段からそれなりに身体を使うことが多いポジションにいるから、運動量は十分だろうと思うのだけれども、体質の問題なのかその身体は中学生くらいのジュニアとそう変わらない。
むしろ最近の子は発育がいいから、中には河合よりいい身体をしている中学生だって結構いる。
そう言えばさっきの収録でも思ったのだ。
出ていたのは皆中高生くらいの年齢の子ばかりだったけれど、揃いも揃って肉付きも骨格も河合より発達していた。

「はぁ・・・」

思わず小さくため息をついて、全てのボタンが外されたシャツの前をおずおずと開いてみる。
露になって鏡に映るまっ平らな胸から腹にかけてを、片手で確かめるように触れた。
まるで子供みたいだと、昔から思っていたし、たった今も改めて思う。
二十歳になったと言っても成長なんてとうの昔に止まったし、今更どうにかなるものでもない。
グループ内では河合に次いで細身の五関でさえ、胸筋は目を見張る程発達していていい胸板をしているというのに。
河合の子供のように小さな手のひらがゆっくりと辿るように触れて下ろしていった感触には、隆起や硬さというものがない。
これでも色々と頑張ってみてはいるのだが、どうにもいまひとつ効果もない。
最近で言えば流行の某ブートキャンプまで試したのだ。
けれど結局は、一緒に励んでいた北山が贅肉をめきめきと筋肉に変えたのを羨ましげに横目で見て終わった。

「タッキーに今度訊いてみよっかなぁ・・・」

つい考えていたことがぽろりと唇から漏れる。
昨日成人祝いにと豪華なディナーをご馳走してくれたスターの先輩は、いわゆるソフトマッチョというやつで、脱ぐと見るも見事ないい身体をしている。
しかも見た目にも美しい筋肉の付き方をしているから、その身体が衣装から垣間見える瞬間には同性であろうとも思わず目を奪われる程だ。
普段からはだけることに全力投球な河合からしてみれば、滝沢の身体は一つの理想像でもあった。
そんなことをぼんやりと考えながらその手で無造作に胸から肌を確かめるように撫でていたけれど、ふと鏡に映った自分の後ろにゆっくりと近づいてくる姿に気付いて河合はパチリと目を瞬かせた。

「トッツー?」

思わず鏡越しに声をかける。
戸塚は未だ赤いジャケットをハンガーにかけるでもなく手にしたまま、同様に鏡越しでじっと河合を見つめていた。
黒目がちな瞳を瞬き一つさせず凝視しては、そのすぐ後ろまで来る。
何かと思い、河合は当然のように振り返ろうとする。
けれどその瞬間、戸塚は手にしていたジャケットを河合の肩から被せるようにして着せた。
戸塚がさっきまで着ていたせいか、未だ僅かに暖かな感覚に華奢な肩から薄い背中までが包まれる。
そしてそれとは比べ物にならないくらいの暖かな、いっそ熱いくらいの吐息が耳のすぐ後ろをくすぐった。

「河合ちゃん、痕ついてる」
「えっ・・・!う、うそだぁ、ついてないって・・・・・・どこ?どこ?」

耳元で囁くように向けられたそれに、河合は反射的に身を竦めつつも、その言葉にまさかと思い咄嗟に視線を自分の身体に向ける。
前の開け放たれたシャツを手で掴んで更に広げ、胸から脇腹、腰の辺りまで忙しなく視線を動かす。
あるはずがないのだ。
だって、昨日塚田は痕なんか一つも残さなかったから。
そしてそれは昨日だけの話ではない。
でも、もしも万が一何かの拍子に残ってしまったのなら・・・河合はそんなことを思って、自分の身体になおも視線をうろうろと彷徨わせる。
さっきの収録時にも軽くはだけてしまっただけに、もし本当についていたらまずい。

「あの、トッツー嘘でしょ?・・・ほんとはついてないよね?」

そう言いながらも、河合はなおも自分の素肌を確かめるように指先で触れて辿る。
すると、後ろからその肩からかけられた上着ごと抱きしめるように、長い両腕が廻ってきた。
河合は反射的にぴくりと身を竦ませる。
咄嗟に振り返ることができなかったから、おずおずと顔を上げて目の前の鏡に視線をやる。
するとサラサラした黒髪が河合の狭い肩に埋めるようにして置かれ、長い腕がまるで華奢な身体を戒めるように後ろから前に廻って絡み付いていた。
胸から腹にかけてその大きな手が直に触れていて、その感触に息を呑む。
腕の触れていない部分すらも、その温もりの残った上着に包まれて、それを自覚すると同時、ふと身体の奥が小さく震えた。

「とっ、つ?どした・・・?」

戸塚の行動にいちいち疑問を持つのはあまり意味のないことだと、そのくらいはこの長い付き合いでさすがにわかっている。
長い付き合いの割には未だわかっていない部分が多すぎるとも思うけれども。

「トッツー・・・?」
「嘘だよ」
「え?」
「痕なんかついてないよ」
「あ・・・あ、うん。そうだよね・・・そう、だよね・・・」

その言葉に僅かにホッとはしたものの、むしろそれ以上に後ろから抱きしめてくるその腕の強さと熱さとに、河合はどこか落ち着かない気分で後ろにいる相手をなおも鏡越しに窺っていた。
未だ振り返れず鏡向こうに見える戸塚が、狭い肩口からゆるりと顔を上げる。
瞬き一つしない黒い眼が真っ直ぐに河合を映す。
鏡越しに目が合う。
けれどその拍子、薄い胸から腹をゆっくりと、何か強い感情を込める様にその大きな手のひらで撫で下ろしていった感触は、決して鏡越しなんかではないリアルな感覚で。

「・・・でも、つけちゃだめだよ。河合ちゃんは、つけちゃだめ」

耳元で呟かれる声はどこか熱っぽくて、河合は軽い眩暈すら覚えた。
そこから身体の奥にじわじわと入り込んできては、なんのてらいもなくただ子供のように繰り返される言葉は、その長い腕よりも、その温もりを残した上着よりも、なお河合を動けなくさせる。

「だめ。絶対、だめ。河合ちゃんは、誰の痕もつけちゃ、だめなんだ」

真っ直ぐで、純粋な。
それは加減も妥協も知らぬ子供のように。
けれどその手だけは決して子供のものではなく。
河合が身体の奥で震わせるものを暴くかの如く、その大きな手でシャツをゆっくりと剥ぎ落とした。




ガタ、ガタ、と時折鏡台が小さく音を立てる。
大きな鏡の表面を時折明るく柔らかな髪が撫でるように触れ、そこにピタリと接した身体が小さく身動ぐ度に、華奢な肩や薄い背中がぶつかるからだ。
戸塚に羽織らされたそのジャケット一枚隔てただけの鏡はヒヤリと冷たくて、触れる度に河合は息が詰まる。
けれど震えるのは冷たいから以上に、むしろ熱いからで、そんななんとなく矛盾にも似たことに対してもはや疑問に思う余地もない。

「ぁ・あ・・・っや、だめ、だって、ここは・・・ッ」

ガタン、と一際大きく身体が震えて背後の鏡にぶつかる。
鏡台の上に荷物が置かれるように座らされた河合の身体は、自分のすぐ目の前にあるものを抱えるように少し前のめりで、頬を紅潮させながら浅く息を吐く。
折り曲げられた腰の内側、そのちょうど腹から下辺りに埋められた黒い頭が身動ぐ度に、そこから堪えきれぬ熱をもたらされる。

「っふ、ぅ・・・っとつ、とっつ・・・」

履いていた下のズボンは片脚から引き抜かれ、もう片脚の途中で引っかかって止まり、床にだらりと垂れ落ちている。
陽に焼けていない白い素肌を晒す脚は、大きな手に無造作に掴まれ、そのまま上に持ち上げられているような格好だ。
普通ならそのまま後ろに引っくり返ってしまいそうな身体を、背後の冷たい鏡が受け止めている。
その代わり、その綺麗に拭かれて埃一つない鏡には、絶え間なく揺れる柔らかな幼い黒髪と、下腹部で黒い頭が身動ぐ度にビクビクと跳ねる華奢な身体と、そしてきつい角度で持ち上げられて爪先までピンと張った細い脚がくっきりと映し出されている。
喘ぎをなんとか殺す代わりに酸素を求めて喉を引きつらせる様は、まるで丘に上げられた魚のようだ。

「とっつ、とっつ・・・やめっ、」
「やだ、やめない」
「だって、だって、かえって、くるよ・・・っ」
「来ないよ」
「くるってばっ・・・ぅ、んっ・・・」
「来ない」

何の問答にもなっていない。
この部屋は二人だけのものではないのに。
残る二人のものでもあるのに。
けれど河合は真っ赤になった顔で、せめてと唇を噛みながらそう言うから、それ以上の言葉をろくに形にできない。

それに返ってくる端的な言葉もどこかくぐもって聞こえる。
それは、ただ座らされた河合の下腹部の更に下、片脚を持ち上げる格好で照明の下に露にされた、普段なら固く秘められたその部分に、戸塚が顔を埋めて舌で撫でてこじ開けるように触れているからだ。
粘膜と粘膜が触れ合う、直接的過ぎる愛撫。
それは戸塚の真っ直ぐな性根をある意味そのまま映し出したようでもあった。
それこそ、触れた傍から河合を狂わせる程の熱を、容赦なく生み出そうとする。

「ん、・・・ん・・・」
「はっ・・・ひ、や・・・っだめ、だめっ・・・とっつ・ッ・・・」

引きつったような、裏返る寸前の声。
普段ハスキーな声が笑うと甲高いものになるように、まるで掻き消える寸前の悲鳴のようなそれ。
その一方で、黒い頭が埋められた部分からは形にもならぬくぐもった声と、熱い息遣いと、舌と粘膜とが擦れ合う微かな水音が響いてくる。
それはさして大きなものではなかったけれど、今の河合には部屋中に響き渡る程に感じられてどうしようもなかった。
けれど眼下で堪らず抱え込むような形になっている黒い頭、その飾り気のないサラサラした漆黒の髪は河合の大好きなものの一つで、だからこそ無理矢理掴んで引き剥がすこともできない。
だから河合はただ自分の耳を犯すように響くくぐもった声と熱い息遣いと微かな水音に、ただ頭を振って、薄い背中を冷たい鏡に押さえつけられながら堪えるしかなかった。

「かえ、って・くる・・・っおねが、・・やだ、ぁ・・・ッ」

けれどそのか細い悲鳴のような懇願とは裏腹に、掴まれて持ち上げられた脚の角度が更にきついものとなって、膝頭がコツンと小さく音を立てて鏡に当たる。
そして細い両脚の間からふと上がった黒い頭が、紅潮して息を浅くする濡れた顔をじっと見上げてきた。
その黒い眼はやはり瞬きもせず。
煌々と明るい部屋の中、綺麗に磨かれた鏡の前、あられもなく開かれた華奢な身体を染め上げる河合を、どこか夢見るようにうっとりと、熱っぽい眼差しで見つめる。

「大丈夫だよ。誰も来ないよ。誰も河合ちゃんに痕なんかつけないよ。・・・五関くんも、塚ちゃんも・・・俺だって」

けれど言葉とは裏腹に、その手はなおも河合を容赦なく乱して熱して、その意思など閉じ込めていく。
ただ包み込む腕と囁きとで、縫い止める。

「河合ちゃんは誰のものでもないんだよ・・・だからさ、大丈夫だよ、だいじょうぶ・・・」
「ん、ぁっ・・・ぁ、あ・・・あ・・・」

それ以上の言葉は再び水音に飲み込まれる。
奥からドロドロに溶かされるような感覚に、河合はただ縋るものもなく、背後の鏡の冷たい感覚を咄嗟に当てた手のひらに感じる。
そこに映った自分は今どんな姿なのだろう、ぼんやりとそんなことを思いながら。



昨日は塚田で、今日は戸塚で、明日はたぶん五関で、なのに誰の痕もついていない。
誰のものでもないのにこんなことを繰り返すのは、その言葉通り、「大丈夫」なことなのだろうか。

選んでおいて迷う。
迷いながらもなお選ぶ。

ただそれでも、誰より手放すつもりがないのは、誰より欲張りなのは、それでも止めない自分なのだと。
河合は引きつる喉の奥で呟いた。










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塚河に続いて戸河も初濡れ場でした。・・・それなのにコレだよ。
なんか書いて思ったけど・・・塚ちゃんとトツってフミトが最も無抵抗になる二人だよね・・・。
それこそいつものごっちとか兄組とかだったら、もうちょっとフミトが強気で出れると思うんだ。
ごっちは微妙なラインではあるけども(本人が何せアレだから)、でもきっと塚ちゃんとトツよりはフミトもマシですよたぶん。
塚ちゃんとトツってある意味対フミトでは最強だと思う。
塚戸最強説にわかに浮上。
そんな中、次回はようやくいつもの旦那編ですねー。
ていうかここまでだとなんの内容もない感じですけど・・・キチガイじみててすいません・・・。
(2008.2.9)






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