愛染玩具 5
河合が普段自分の楽屋よりもキスマイの楽屋にいることの方が多いというのは、割と周知のことだ。
今日もコンサートリハーサルの合間、河合は自分の楽屋に戻るでもなく、隣のキスマイの楽屋に我が物顔で居座っていた。
ソファーにだらりと腰掛けた藤ヶ谷の膝の上に頭を載せて転がっては、毎月頭に出るアイドル誌に目を通している。
「お前さー、最近付き合い悪くない?」
「は?なに?」
突然上から降ってきた言葉に、河合は雑誌に落としていた視線を上げた。
携帯でメールを打っていた藤ヶ谷はそれが終わったのか、ディスプレイを閉じながら膝の上の河合を見下ろして軽い調子で続ける。
「だーからー、最近付き合い悪いだろって」
何気なく向けられたそんな言葉に河合はわざとらしく首を捻り、そのつやつやした唇を尖らせてみせる。
「えー、そんなことないし。今だって遊んでんじゃん。まだ足んないの?・・・しょうがねーなー、ほらたいちゃんおいでー、遊んでやるよー」
「ちっげーし!今じゃねーし!仕事終わった後とかの話だし!っつか、今のお前は単に俺の膝を枕にしてるだけだろ!」
わざとらしくため息をついて、完全なる上から目線で、しかも妙に甘ったるい声まで出して、河合はその細い両腕を上に伸ばしては、抱きしめてやるよとばかりに広げてみせる。
そんないくつになっても変わらないふざけた調子に、藤ヶ谷はげらげらと笑いつつ、おもいきり河合の額を叩いてやる。
それに大袈裟に痛い痛いと喚いて額を押さえる河合を膝の上に載せたまま、腰を折って覆いかぶさるようにのしかかってやる。
すると藤ヶ谷の膝と胸とに挟まれるような形になった河合は、若干わざとらしく苦しそうに呻きつつ、なんとかそこから手を伸ばして藤ヶ谷の髪を掴む。
「ぎっ、ぎぶ、ぎぶ、しぬ、」
「おらー、今日こそこの藤ヶ谷様と遊びに行くと言えー」
「うううううっいー、いく、いくっ・・・」
「おし、じゃあ今日な!久々にアクセでも見に行こうぜ〜」
切れ切れの苦しそうな返答に満足したように頷くと、藤ヶ谷はそこでようやく河合を解放してやる。
藤ヶ谷の膝と胸の間から出てきた河合の顔は既に真っ赤になっていて、ぜえぜえと肩で息をしては上にある藤ヶ谷を軽く睨む。
「・・・おま、まじ苦しいっつの!お前意外とおっぱいあんだからやめろよなー」
「おっぱい言うな!胸板って言えよ!」
「やー胸板にしてはなんか柔らかいっつーか・・・胸板っつーのはもっとこう、塚ちゃんとか五関くんみたいな感じだもん」
「あの二人と一緒にすんなよ。ていうかお前よりはマシだよ」
「俺のことは言うなって」
「とにかく今日行くぞー」
「・・・あ、やー、その、今日は・・・ごめん、無理だわー・・・」
「は?マジ?今行くっつったじゃん」
途端にどこかばつ悪げに見上げてくる河合は我に返ったと言わんばかりで、藤ヶ谷はつまらなそうに眉根を寄せる。
それに更に申し訳なさそうに眉を下げつつ、河合は藤ヶ谷の膝の上から身体を起こして向き直ると、勢いよく両手を合わせる。
「いやっ・・・うん、ほんと、ごめん。今度!今度行こう!ぜったい!」
「今度っていつだよー。ていうか最近そんなんばっかじゃん。なに?そんな忙しいわけ?」
「ていうわけでも、ないんだけど・・・うん・・・」
「・・・ふぅん?」
本当に申し訳なさそうに眉を下げて視線を落とす河合は、それならしょうがないかとそう思わせる。
けれどその時藤ヶ谷は確かになんとなく面白くなかった。
これが一度や二度ならまだしも、最近はこんなことばかりなのだ。
思えば前まではしょっちゅう一緒に遊んでいたというのに、ここ数ヶ月は仕事終わりに遊ぶということもほとんどなくなってしまっていた。
河合とて友達は自分だけではないし、そんなことは藤ヶ谷にも言えることなのだけれども、ここ数ヶ月で急にその取り巻く環境が変わったとも思えない。
何か明確な多忙の理由があるなら納得もするが、そこら辺はいつもなんとなく濁されていた。
一緒にいる時間が減ったのが不満なのではない、正確に言えば、河合がそのことについて何も話してくれないのがなんだか納得いかないのだ。
河合が二十歳の誕生日を迎える少し前、成人式に着る服を一緒に買いに行った時のことをよく憶えているからこそ、その時二人で話した二十歳の展望を一言一句憶えているからこそ、ここへ来て河合がその自分に対してどこか距離を置いているように見えるのが嫌だった。
だから藤ヶ谷はつい拗ねた子供のように唇を尖らせつつ、軽く目を眇めて河合を見やる。
「でもさー、お前最近A.B.C.のみんなとはしょっちゅう遊んでるらしいじゃん?」
「・・・え?そう?」
その時の河合の表情が、藤ヶ谷の心の奥に確かに引っかかった。
けれどそれを表現する上手い言葉は思い浮かばなかった。
「トッツーと一緒に帰ったりさ、方向違う五関くんとか塚ちゃんと帰ったりもしてるんだって?」
「ああ・・・いや、まぁ、うん・・・そう、かなぁ?」
「今までそんなことあんまなかったじゃん?なに、メンバー愛月間?」
「あははー・・・まぁ、ね。つーか、俺は前からずっとメンバー愛だって」
笑いながら言うけれど、なんとなくそれが変に躊躇いがちに聞こえるのは気のせいか。
確かに言う通り、河合は昔からメンバー三人のことは「好き」なんていう簡単な言葉ではくくれない程に大事に思っていて、普段キスマイのメンバーと絡むようにあからさまでこそないけれど、だからこそそれは逆に時折滲み出るように、その表情から、言葉一つから、小さな仕草から、強く感じられた。
藤ヶ谷とて感じていた。
表面的な何かでは到底表しきれない程に、河合の中でそれは当然で絶対的なものだったのだ。
得てしてグループのメンバーというのはそういうものかもしれない。
藤ヶ谷とてキスマイのメンバーには友達とはまた違う想いを抱いている。
ただそれは河合の抱くものともまた違うとは感じているのだ。
河合の抱く想いなど、所詮河合にしかわからない。
けれど少なくともここ数ヶ月の様を見ていると、それは昔ともまた変わってきているように思う。
それはただ外側から見た単純な感想でしかないが、それでもそう感じるのだ。
何やら考え込むように真顔でいる藤ヶ谷が機嫌を悪くしたと思ったのか、河合は身振り手振りでなんとか言い訳を試みるように、上目がちに見つめながら言葉を探す。
「なんか・・・アレだよ、アレ」
「あれ?」
「グループの結束をさ、ほら、固めよう的な?」
「結束、ねぇ・・・」
「ほらっ、おれ、リーダーだし!」
「は?・・・ああ、そういやそっか。そんなこともあったなぁ」
「あったじゃないよ。今もそうだよ。俺リーダーだよ」
「たぶん大多数のヤツがもはや忘れ去ってると思うけど」
「ちょ、憶えとけよ!」
「だってさぁ、なに河合のくせにリーダーとか気張っちゃってんだよー」
「河合のくせにってなんだよ失礼なやつだなー」
「だってお前らしくねーじゃん」
「なにそれ・・・俺らしいってなんだよ。らしいって、なに・・・」
その言葉が引っかかったのか、小さく眉根を寄せて視線を落とす様に、藤ヶ谷は思う。
意外となんか、悩んでんのかも。一度嵌るとドツボなヤツだし。
ただそれは言葉にせず、藤ヶ谷は目の前の華奢な肩に腕を回して顔を覗き込んだ。
「一緒に格好いい大人になろうぜって、俺言ったじゃん。もう忘れちゃった?」
すぐ傍にある顔に、河合はゆるりと視線を上げてその表情を捉え、ぽつんと呟くように言う。
「・・・憶えてるに決まってるだろ」
「だよな。忘れられてたらショックー」
「だから忘れてないって!・・・でも、それが、どしたの?」
その時のことを思い出して小さく笑いながらも、どこか怪訝そうに問い返す。
そんな河合の額に藤ヶ谷は不意に自分の額をぺたりと押し当てて、小さく呟くように言った。
「お前ならなれるよ、頑張れ」
「え・・・?」
何かを強く伝えるようなその言葉に、河合はただ目の前の顔を凝視することしかできなかった。
藤ヶ谷は未だ額と額を合わせたまま、はにかむように笑う。
「あの時お前が俺に言ってくれたから、俺も言っとこうと思って」
あの時。
二人で成人式用の服を買いに行った時。
験担ぎにと神社にお参りになんか行って、そこでそれぞれ誓いを立てた。
その時藤ヶ谷が言ったそんな言葉に、河合が笑って返したのが、それだ。
「郁人、お前なら、なれるよ」
藤ヶ谷の高めの声が、妙に柔らかく紡いだその言葉。
それは河合の小造りな耳からするりと入り込んで溶けた。
温かくて、優しくて、それを紡いだこの目の前の親友は、ああ確かに言った通り格好いい大人になるんだろうなと、ぼんやりとそんな感想を抱かせた。
自分が何かを抱え込んでいることを敏感に感じ取って、その上でそんなことを言ってくれるこの目の前の男は、正しく大人になろうとしているのだと。
「・・・あは、ありがと。がんばる」
河合は精一杯で笑って頷いた。
それに頷き返してはにかむように愛らしく笑って、頭を撫でてくれるその褐色の手が、優しくて暖かくて変わらなくて、でもまるでここにいる自分の心を置き去りにするかのように大人になろうとしていて。
そう感じてしまう自分に、今ここにいる自分に、河合は泣きたくなった。
置いていかないで。
一人で大人にならないでよ、藤ヶ谷。
俺は駄目だよ。
大人になれないよ。
大事なものが変わらぬように、それを守れるように、大人になりたかったはずなのに。
大人なんかじゃない、ぜんぜん違うものになって、大事なものさえ変えてしまった気がする。
ただ無闇になんとかしなくちゃってあがくけど、弱い心が悲鳴を上げて苦しいと喚くんだ。
選んだのは自分なのに。
誰に強制されたわけでもない、自分で決めたことなのに。
けれどそんな言葉にもできないたくさんのことを結局は呑み込んで、河合は目の前にいる藤ヶ谷の肩をその小さな手でポンと叩いた。
「・・・じゃ、いい加減そろそろ戻るかなー」
「あー、うん、そうだな」
思い出したようにそう言うと、河合は藤ヶ谷の長い腕の中を抜け出してキスマイの楽屋を出て行く。
藤ヶ谷はその細い後ろ姿が視界から消えるのを、どこか不安げに見ていた。
もう少ししたら再びステージに集合して、最後の通しリハーサルが始まる。
あと20分というところだろうか。
そろそろ次の進行をみんなで確認しておこう、そんなことを思いながら自分の楽屋に戻った。
部屋の扉を開けて中に入ると、河合はそこでピタリと足を止める。
何があったわけでもない、いつも通りメンバー三人がそこにいただけだ。
五関はソファーの上にだらりと腰掛けて携帯ゲームをしているし、戸塚は椅子にあぐらをかいてギターを爪弾いているし、塚田は床の上でストレッチをしている。
誰もが一番らしい姿でそこにいる。
けれど河合が戻ってきた途端、その視線、6個の瞳が一斉にそちらを向いた。
それとても恐らく反射的なことでしかないのだろう。
それでも河合は、何故かその場で固まったように身を竦ませてしまった。
彼らにこんな感情を抱いたことは未だかつて無い。
大好きなみんな。
五関くん、トッツー、塚ちゃん。
自分にとって唯一だと言える大事な彼らに、こんな感情は。
恐れ、なんて、そんな。
「河合?どしたの?」
塚田が床に座り込んだまま不思議そうに問いかけてくる。
「なんかあった?調子悪いとか?」
戸塚がギターを抱えたままに小首を傾げている。
「どうせ藤ヶ谷と騒ぎすぎて疲れたんだろ。こっちにまで声聞こえてきたし」
五関が携帯ゲームを膝の上に置いて呆れたようにそんなことを言う。
「あ・・・いやー、だいじょぶ、なんでもないよ。それよりさ、そろそろ通しリハの確認しない?」
彼らは彼らのままだ。
そうだ。変わらない。変わるはずがない。
それなのにそう感じてしまう自分こそが、やはりおかしくて。
河合は大きく息を吐き出して、なんとか気合を入れ直すように両手で頬を強く叩くと、部屋の中央にあるテーブルに寄っていくとそのまま腰掛ける。
そこに置いてある進行表を手にとった。
今回は久々にほとんどの曲でバックにつくから衣装替えや移動もめまぐるしくて、きちんと流れを頭に入れておかなくてはならない。
河合が片肘をテーブルについてじっと紙に目を通していると、ふと隣からふわりと髪に触れられたような感覚があった。
反射的にそちらを見ると、いつの間にか立ち上がった塚田がすぐそこで何気なく頭を撫でてきたのだ。
いや、撫でるというよりか、ただ自らの手で河合のどこかに触れようとしたかっただけのような、それが単に頭だっただけのような。
そう感じてしまうのは、そのしっかりした造りの手から、きっと伝わってくるからだ。
ニコリと向けられる笑顔に感じ取ってしまうから。
「ねぇ、河合?」
「ん・・・?なに?」
「さっきさ、河合がいない間に決めようって話してたんだけどね?」
「うん・・・」
決めよう、とは。
それが何についてかなんて、そのくらいはもうわかるようになっていた。
だいたい一週間の中で三日程度。もう少し頻度が高い場合もあるけれど。
三人それぞれと夜を共に過ごす日。
河合はそれを誰かしらから告げられて、頷く、いつの間にかそんな風になっていた。
グループ内の暗黙の了解。不文律。
思えば狂ったような決め事。
その目の前の眩い笑顔が、今日も狂ったような決め事を当然のように口にする。
「今日はさ、俺とトッツーでもいい?」
「え・・・?えと、それって・・・」
塚ちゃんとトッツー。
その意味を河合は緩慢な頭で考えて、考えて、逆隣にいつの間にかいた戸塚の大きな手に何気なく耳朶を触れられる感触に、思わずひくんと肩を反応させた。
「っ・・・と、」
「河合ちゃん、誰かの香水の匂い、するなぁ。・・・藤ヶ谷かな、これ」
「とっ、つ・・・」
別に何をされているわけでもない。
塚田から頭を撫でられて、戸塚に耳朶を触れられて、ただそれだけだ。
けれど身動ぐことができなかった。
ただゆっくりと視線だけを動かして、未だソファーの上にいる五関を見た。
五関はどこか諦観を宿したような無機質な瞳で河合を一瞥する。
「嫌なら嫌って、言っていいよ」
でもそんな言葉はなんの意味も持たない。
だって最初から強制されたわけではないのだ。
誰もそんなことを言わなかった。
河合にその身を捧げろと、そんな気が狂ったようなこと、誰一人として言わなかった。
河合が彼らを大事に想っているように、彼らとて河合を大事に想っていたのだ。
そう、それは双方向の、なんの疑いを持つべくもないかけがえのない唯一の想いだったはずのなのに。
最初に言ったのは河合だ。
ずっと四人でいたいのだと。
いつまでも四人でいたいのだと。
そのためなら、なんだってするから、と。
誰かを、じゃない。
この四人でいることを、子供のようにわがままに選びとって、それを大人になった力で守ることを望んだ。
ねぇ、好き?
そう問われたから。
うん、好きだよ、と躊躇いなく答えた。
A.B.C.が好きだよ、とそう答えた。
もし何か前触れのあった瞬間が存在したのなら。
それはあの時だったのかもしれない。
NEXT
藤ヶ谷が非常に癒しだった今回。
もうエビには誰一人として癒しがいないので(ありえん)。
とりあえずなんかもうコメントすることもなくなってまいりましたけども・・・。
塚戸こえーよ、ていう今回でした(うわあ)。
(2008.2.19)
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