子猫のキズはどんなキズ? 1










「あれ・・・?」

収録後の控え室。
衣装を脱いで、勢いよく被ったTシャツを頭から抜いた千賀は、その拍子に何気なくやった視線の先に不思議なものを見つけた。

それは細身の大きな背中。
その両方の肩それぞれから肩胛骨の辺りにかけて、長く真っ直ぐに通った赤い痕が見えたのだ。
それはちょうど片方の肩から三本ずつ、計六本あった。
まるで何かに引っかかれたような傷跡は、細いけれどもまだできたばかりなのか目にもくっきりと赤く鮮やかだ。

千賀は思わず身を乗り出して顔を近づけ、まじまじと見る。
赤いということは、血が滲んでいるということ。
血が滲んでいるということは、どう考えても痛い。
そんな当たり前の方程式を頭の中で組み立てつつ、千賀は自分のことのように眉を下げて「痛そうだな〜」なんて思っていた。
相手は上半身を晒したままで背中を向けて荷物を漁っているからか、千賀の視線には気付かない。

絆創膏とか貼らないで大丈夫かな?
あ、でも背中だと手が届かない?

目の前の背中に向かって問いかけるように考えながら首を捻る千賀にようやく気付いたのは、けれどその背中の主ではなかった。

「お前なにしてんの?早く着替えろよーマック寄る時間なくなっちゃうじゃん!」

Tシャツを着たところですっかり手を止めてしまっていた千賀を咎めるように声をかけてきたのは二階堂だ。
けれどそんな二階堂も、言いながら何気なく千賀が見ていた方に視線をやって、はたとした。

「あれ・・・」

目の前のそれなりに見慣れた背中にある、その六本の長い筋のような傷。
千賀と同じようにそれを凝視した二階堂は、けれど千賀とは違う反応をした。

「わ、渉・・・」

ぽつんと呟かれた自分の名に、背中の主がようやく振り返る。
当の本人としては呼ばれたから反射的に振り返っただけだったのだが、そこには何故かじっとこちらを見ている弟分二人がいた。
一人は不思議そうに目を瞬かせて、そしてもう一人は驚いたように目を見開いて。

「・・・なに?お前らどしたの?」

若干眉を寄せて当然のようにそう言った横尾に、千賀は「背中痛そうですけど、大丈夫ですか?」と言おうとした。
けれどそれを口にする寸でで、隣の二階堂が口を開いたのでその台詞はかき消されてしまった。

「渉がエッチの痕背中につけてるーー!!!」

その尋常でない叫びには、控え室にいたメンバー全員が振り返った。
そしてその全ての視線が一気に横尾に集中する。
正確には、その細くて大きな背中にだ。

「え、ええええっちの痕って、に、にかいど・・・!」

ただ千賀の視線だけは、すぐさま隣の相方に移った。
どうやら千賀的には二階堂の発言自体の方が衝撃的だったらしい。
けれど二階堂は同意を求めるように千賀の肩をバシバシと何度も叩き、横尾を指差して捲し立てる。

「ほらっ、見てみろよ!あの痕!あれどー見ても、爪立てられた痕じゃん!」
「だ、だめだめだめ!二階堂だめだって!」
「あれってさ、あれだよ、向き合った体勢でシた時にさ、相手がガマンできなくて爪立てちゃうとあーなるんだよ!」
「だめー!二階堂そんなのまだ早いって!まだ16なのに!」
「うわーほんとになるんだなーあれって!すごくね?すげーよな、千賀!」
「だめだよ俺たちまだそんなのって・・・!」
「・・・あーーー!お前らうるせえしかも会話噛み合ってねーんだよちょっと黙れ!!」

友達以上恋人未満、なんて言えば随分と甘酸っぱく可愛らしい関係に思えるが、実のところただ単に二人して鈍くて馬鹿なだけだということが最近わかってきた。
そんな弟分二人組についに業を煮やして遮ったのは件の背中の主だ。
指摘された瞬間こそ目をまん丸に見開き、咄嗟に頭を思いきり後ろに廻したり手をやったりして自分の背中を確認してみたりもしていたが、目の前の二人があまりにもうるさいので口を挟まずにはいられなくなったようだ。
頭ごなしに言われた二人は一瞬会話を止めて横尾の顔を見上げた。
そして次には互いに顔を見合わせる、けれども。

「渉、やらしい〜・・・」
「横尾くん、はれんち・・・」

そう言って手と手を取り合う様はまだなんだかんだと幼いせいもあって、可愛いと言えば確かにそうなのだけれども。

「お前らなぁ・・・」

こんなところでようやく噛み合わなくても、と横尾はげんなりした様子で思わず額を抑えた。
しかし未だ背中に視線を感じてはたと振り返る。
するとそこには残る四人の視線が見事に集中していて、横尾はそれらを軽く見回すように睨んでからさっさとシャツを羽織った。

「あー・・・なんなんだよ、ったく・・・」

シャツのボタンを留めながら思わずぼやくように呟く。
なんとも気まずいものを、しかもメンバーに見られてしまった。
確かに言われてみれば背中に微かな痛みがある。
けれど言われるまでさして意識もしなかった。
口に出して言うのも恥ずかしい話だが、横尾はこう見えてそそっかしいというか、ステージ上では割と生傷が絶えない方なのでこの程度の痛みは割と日常茶飯事なのだ。
だから気付かなかった。
まさか背中に、こんな目にも判りやすい、あの時特有の傷がつけられていたなんて。

いつの時のだ?
眉根を寄せながらなんとか記憶を探る。
こんなものを自分につける相手など、今現在は一人しかいない。
その相手と、こんな傷を付けられるようなことをした最後の日は・・・。

「・・・おととい?」

確かに思い出してみれば、体勢的にも傷に符合する。
そう言えば妙に爪が伸びていた気もする。
でも最中などそれなりに集中しているから、そんなことはさして気にもならなかったし、今までこんなことはなかったように思う。
あの時はそんなにきついことをしただろうか。
こんな傷がつく程にしがみつかなければならない程に。

横尾が思わず手を止めて考えていると、目の前の弟分二人がまたひそひそと会話を始めた。

「・・・千賀ー、渉ってなんかさ、スゴそうじゃね?」
「す、すごそうって、なにが・・・?」
「なんか、うまそうだし、激しそうっていうか」
「えええええ・・・に、にかって、そういうのがいいの・・・?」
「は?俺?・・・んー、俺はどうだろ、そりゃへたよりはうまい方が・・・って、違うよ、そこは俺がうまくなんなきゃじゃん」
「そっか・・・うまい方がいいよね・・・俺がんばるね・・・」

相変わらず微妙に噛み合っていない会話に、横尾はもはや突っ込む気も起きずに呆れたような視線だけを送った。
むしろ下手につついて余計なことを勘ぐられるのも面倒だからだ。
何せ相手がこのメンバー達もよく知っている人間なだけに、余計に。

とりあえず訊かなきゃな。
傷を付けたことが無意識にしろそうでないにしろ。
何せ今まではなかったことなのだから。
それに、どうせ今日は一緒に帰るつもりだったのだし。
そう思って横尾はとりあえずシャツを羽織って着ただけの格好で、上着と荷物を持って控え室を出て行こうとする。
しかしその時部屋の奥の方から、北山の待ってましたとばかりのからかうような声がして、思わずめんどくさそうに舌打ちした。

「横尾さーん、おたくの子猫ちゃん、ちょっとしつけといた方がいいんじゃね?爪研ぎは他んとこでやれよって」
「・・・ご忠告どーも」

ああ、これは明日もからかわれるな、と横尾はまた額を抑えながら控え室を出たのだった。











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あかん・・・わたふみってうっかり他メンバーたくさん出てしまうせいもあってか、話が長くなる(笑)。
ていうか、わたふみって他キスエビメンツがわさわさ出せて楽しいんだよね!
これぞグループ越えカプの醍醐味かしら。
というわけで今回は千ニカが主に出張ってみました。千ニカ可愛い。でも頭悪い。あいつら両方とも自分が攻めだと思ってます。頭悪い。
たぶん次回は小悪魔末っ子とそのお兄ちゃん三人が出てきます(やっぱり)。
ちなみに去年のごち誕とお揃い的な空気で、フミト=にゃんこ定義の話です。えへ!(いい加減死ねばいいのにこの人)。
(2007.8.12)






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