子猫のキズはどんなキズ? 2










「ん・・・?」

こちらもまた収録後の控室。
一番に私服に着替え終わって荷物をまとめていた五関は、視界の端で忙しなく動く細い指先がふと気になって動きを止めた。
そこには未だ衣装を着たままの状態で、何やら髪の毛を指先で弄っている相方の姿があった。
黒基調で所々に金色のアクセントが散りばめられた裾の長い上着の前を開け放ち、両肩は丸出しで両方の二の腕にだらしなくひっかけた姿。
こんな控え室でまではだける必要性があるのかとも思うが、さすがに脱ぐ途中で何かに気付いて手を止めただけだろう。
見ていると、その視線の先で河合は一カ所跳ね上がった自分の毛先を撫でつけるように指先で弄っているのだから、恐らくそうだ。

「あー、ココすっげ跳ねてるよー。なおんねー」

ブツブツとそんな独り言を言いながら、男にしては妙に細い指先をなおも撫でつけるように動かす。
収録前にきっちりセットしていったというのに、終わってみれば結局自由を取り戻したかのように、その元来柔らかで癖のある河合の毛はふわりと跳ねていたらしい。
それが気になってしょうがないのか、河合の着替えはそこから一向に進まないのだ。
五関はその様子を「またか」と言った様子で眺めつつも、むしろその跳ねた髪よりも動かされる指先の方が気になった。
さりげなく手を伸ばすと、その忙しなく動かされる指先を何気なく取る。

「へっ?なに?」

突然指を掴まれた河合は当然のように驚いてそちらを見る。
けれど五関はそれを気にした様子もなく、掴んだその細い指先をまじまじと見る。

「お前・・・ちょっと爪伸びすぎじゃない?」

いつもなら職業柄綺麗に短く切り揃えられているそれが、今は妙に伸びていた。
ステージ上で踊ったりアクロバットをしたりする以上、あまり長い爪は危ない。
言うまでもないそれに、五関がその爪を摘むようにしながらそちらを見ると、河合は見るも「しまった」という顔をした。
しかしそれは「うっかり切りそびれてしまった」という意味の表情とは少しだけ違う気がした。
それに五関が思わず片眉を上げてみせると、河合はわざとらしく笑いながらも軽く目を泳がせる。

「やっべーうっかりしてたよー。切んなきゃー」
「・・・切ってやろっか?」
「いやいや結構です。五関くんの手を煩わせるなんて、そんな!」
「遠慮しなくていいよ。俺とお前の仲じゃん」
「いやどんな仲だよダイジョブダイジョブ!」

河合は思わず引け腰になりつつこくこくと勢いよく頷く。
五関がそうやって楽しげに冗談交じりの台詞を吐く時は、まさに何か面白いものを見つけた時なのだ。
そう思って早いところ切り上げて着替えて出ようと思った矢先、その「面白いもの」に惹きつけられるように残る二人も寄ってきてしまった。

「あれ、河合ちゃん?肩の辺り、なんか虫に刺されてるよ〜?」

そう言っては、二の腕に引っかかった上着を思いきりずり降ろされる。

「あっれー、お腹もじゃない?河合ーかゆくない?」

今度は長い裾をぺらりとめくられる。

「っちょ、塚ちゃんもトッツーもなに!セクハラ反対!」

唐突なことに河合は慌てて脱げかけの上着で言われた部分を隠そうとする。
その様がまた面白かったのか、五関は半笑いでなおもその細い指先を掴んだままに言ってのけた。

「大丈夫。お前よりはみんなマシ」
「なんだよ五関くんどういう意味だよ俺セクハラなんてしてないよ!」
「お前の日頃の脱ぎっぷりとベタつきっぷりがもはや最強のセクハラだから」
「ひでー!」

しかし五関とそんなことを言い合っている間にも、塚田と戸塚が子供の宝探しみたいに河合の上着を捲ってくるものだから、河合は更に慌てる。
自分から脱ぐのは平気だしむしろ望むところだが、他人からされるのは、しかも今の現状では遠慮したかった。
まさかそんな痕までメンバーに見せたいとは思わない。

「ふむふむ、この虫はどうやらかなりしつこい虫らしいですな〜」
「と、言いますと!塚田博士!」
「どれもかなり濃い色でついてる、つまり強く刺したってことになるわけです」
「なーるほど!非常にためになります、塚田博士!」
「二人とも何キャラだよ!ていうかやめて!」

また変なコント始まった!と河合は堪らず喚く。
ノってきた塚田と戸塚のコンビは、見ている分には可愛いが、自分が標的になるともはや手に負えない。

「・・・ていうか、お前ら普通に盛りすぎなんじゃないの」

しかしその妙なコントの合間にさりげなく挟み込まれる容赦ない突っ込みも、またいたたまれないわけで。
呆れ混じりのそれに、河合は思わずサッと耳を赤くする。
河合にそんな痕をつける相手が誰かなんてことは、グループ内の当然の周知事項だけれども、実際痕を見られてその台詞を言われるのはきついものがある。

「さ、さかっては、ないよ。そんなんではないない」
「ないんだ?」
「ないない!」
「ふーん。じゃあ、それとこれとは関係なし?」

そう言って、依然として掴まれたままの指先、その伸びた爪を目の前に見せつけられる。
どこをどうなったらそこが繋がるんだ、と河合は思わず突っ込みたくなって堪えた。
何故ならそれは事実だからだ。

「あー、あー、あのー、俺そろそろ着替えなきゃ!横尾と帰る約束してるからー」

アハハハハとわざとらしく笑って、河合は降参とばかりに両手を上げながらなんとか三人から後ずさる。

しかしその出した名前に呼ばれたとでも言うかのようなタイミングで背後の扉が勢いよく開いて、河合は咄嗟に振り返った。
五関、塚田、戸塚も一斉にそちらを見る。

「おい河合、お前さ・・・・・・・って、お前なんつーカッコしてんだよ」

横尾は開けた扉の先にあった恋人の姿に思わず口を開けていた。
まだ衣装を着たままのその姿・・・どころか、上着はほぼ脱がされて両腕にひっかかっているだけのその姿。
いくらはだけ好きとは言ってもここは控え室だし、今はそんな問題ではない。
横尾はさほど物覚えがいい方ではないが、自分があの時つけた痕の場所くらいは憶えているのだ。

「ばっか、見えるだろっ・・・」

思わず大股で歩み寄って、とりあえずほとんど脱げてしまった上着を勢いよく着せる。
それなりに衣装を着ていれば見えない場所につけた自分の気遣いなど台無しだ。
そんなことを思って軽く睨むようにその顔を見ると、河合は心外だとばかりに唇を尖らせた。

「俺のせいじゃないってばっ」

その台詞が一瞬どういう意味かわからなかった。
けれど河合の向こう側で、なんとも楽しげにニヤニヤニコニコと笑っているメンバーを見てはたとする。

「虫さんとうじょ〜う!」
「博士、研究研究!」
「これぞ、飛んで火に入る夏の虫ってやつ?」

横尾は思わず顔を引きつらせる。
訊くどころの騒ぎではない。
これはむしろ、河合を抱えて逃げることを考えた方がいいのでは、そう思わずにはいられなかった。










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やーエビによる渉いじめは楽しいよね!(ひでえ)
今回はむしろエビ(-1)によるわたふみいじめだけど!
わたふみっていじり甲斐のあるカップルだと思うんだーウフフ楽しいぜ。
(2007.8.12)






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