子猫のキズはどんなキズ? 3










「ありえねー」

呟かれた声は、けれどバイクが切る風の音に紛れてしまう。
そうして夕暮れの街中を疾走するバイク。
その後部座席からまるで尾を引くようにはためく迷彩柄のロングジャケットの裾。
そして時折、そのジャケットの裾から風によって見え隠れする、黒地に金刺繍の、妙に豪奢な裾。
なんともミスマッチな重ね着は不思議なコーディネートに見える。
けれどそれらを着た本人としては、何も自らの意思でこんな組み合わせにしたわけではないし、むしろそんなことを思われるのは、それなりにオシャレにこだわりがあるだけに心外だった。
唯一の救いは、一番上に着ているロングジャケットは着ている人間にはかなり大きいサイズだったので、その下に着ているものはそんなにあからさまに見えるわけではないことだ。
そもそもが、今下に着ている黒の上着も、更にその上に着ている迷彩柄のジャケットも、言ってしまえば一番下に着ている白いフリルシャツだって、その全てが本人のものではないのだ。
それでは肝心の当人の服はどうしたかと言えば、今それらはここにはない。
だからこそこんな意に沿わぬ組み合わせの服装を強いられているのだ。
依然として風にはためく迷彩柄の裾と、黒地に金刺繍の裾。
時折視界に入るそのありえない組み合わせに軽く眉を寄せ、河合は目の前の大きな細身の背中にしがみつきながら唇を尖らせる。
今度は聞こえるように、少し大きな声で。

「この、人さらいー」

どうやらそれは聞こえたようで、振り返りこそしなかったけれど、目の前の背中がぴくっと反応する。
河合がそれに軽く頭突きをしてやると、当然前は向いたままにようやく言葉が返ってきた。

「・・・んだよ。人聞きわりーな、お前は」

そっけないばかりのそんな一言。
けれど河合は逆に小さく笑うと、たった今頭突きをした箇所に顔を押し付けてしがみついた。

「横尾、衣装さんに連絡しといてよー?」
「なんで俺なんだよ」
「なんでって、俺が着替える前に、お前が俺のことさらってきたんじゃんか」
「だから人聞き悪いんだよ、お前は」

「攫った」って、俺はどんな悪人だよ。
そんなことを言いながらハンドルを切る横尾に、河合はもう一度目の前の背中に頭突きしてやる。

「じゃあさ、俺の私服明日持ってきてって、五関くんか塚ちゃんかトッツーにメールするのとどっちがいい?」
「・・・どっちもやだ」
「わがまま言うなよなー」
「つか、なんでお前の私服持ってきてって俺がメールなんか・・・」
「だからっ、お前が着替えも持ってかせてくれないからだろー!」
「しょうがねーだろ!お前、あの状態であのままあそこにいたかったのかよ!」
「俺は別に平気だよっ!」
「嘘つけよ。みんなからよってたかって脱がされてたくせに・・・ていうか、そもそもなんなんだよアレは・・・」

横尾はA.B.C.の控室に入った途端に目にした状況をうっかり思い出して、思わず眉を寄せる。
ふざけていたのは一目瞭然だし、そんなことはわかっているのだけれども、それでも恋人があられもなく脱がされて、肌を晒して、あまつさえあんな痕を曝け出していたら、やはり面白くない気持ちもある。
それは理屈ではない感情だ。

目の前の背中がうっすら不機嫌気な気配を醸し出したのを敏感に感じて、河合は軽く唇を尖らせて再び顔を押し付ける。

「だからー、俺のせいじゃないんだって、あれは!」
「あーっそ」

そんなことわかってんだよ。
横尾は内心だけでそう舌打ちしつつ、敢えて言うことはしなかった。
そこに根ざす感情が感情だけに、いちいちそれをしつこく言うのも格好良くはないと感じたからだ。

「・・・あー、ったく、どいつもこいつも人を面白がりやがってさー」

思わずぼやくように呟いた声は、やはりバイクが切る風に紛れてしまって背後の河合にはよく聞こえない。
けれど何か呟いたことだけは感じ取ったのか、河合は不思議そうな顔をしながらまた軽く背中に頭突きをした。

「なんか言ったー?」
「・・・べっつにー?」
「ウソ。なんか言っただろ」
「なんも言ってねーよ」
「えー?」

絶対なんか言ったくせに。
そう不満気に言う河合を敢えて無視しつつ、そのくせ横尾は今自分が呟いた言葉を反芻していた。
そう、自分があんなにもメンバーの好奇の視線に晒されたのも、そもそも元を辿れば今までには見られなかったこの背中の傷痕のせいなのだ。
もちろん責める気などないが、あれだけメンバーに気まずいものを見せてしまった以上は何かしら訊いておこうと思ったら、相手は相手でやはりメンバーから何やら面白がっていじられていたというわけだ。

「はぁ・・・」

しかしそんなことを考えていたら背後でため息のようなものが聞こえて、横尾は意識をそちらにやりながら声をかける。

「どした?」
「ん、ちょっと寒い」

そう吐息交じりで言うと、河合はしがみついた両腕に力を込め、目の前の背中に頬を押し付ける。
するとさっきよりも更にその熱が伝わってくる。
横尾はそれを薄い布越しに感じて自らもふっと息を吐き出し、ハンドルを握る手に力を込めた。

「ステージって基本的に暑いからわかんないけど、衣装って実際あんまあったかくないんだよね。見た目より生地とか薄いしさ」

特にダンスや早着替えなどの関係もあって、ステージ衣装というのは見た目程には服としての機能はない。
だからステージ以外、しかも外で着るのには根本的には向いていないのだ。
今回の河合の衣装はそれでもマシな方だけれど、それでもやはり今のこの風を切るバイクというのは普通に外にいる時の何倍もの寒さを感じる。
それでも横尾が自分の迷彩柄のロングジャケットを貸してくれていたから、最初の方はさほど寒さも感じなかったのだけれども、走っている内に段々と寒さを実感してくる。

「ていうか横尾のがもっと寒いよな?上着貸してくれてるし」
「しょうがねーじゃん。衣装のまんまじゃいくらなんでも目立つし」
「んー、なんかあったかい飲み物ほしいよなー・・・」

河合はそう言ってできる限り目の前の背中から暖をとるように頬をすり寄せてくる。
その感覚になんだか背中がむず痒いような気になる。
ジャケットを貸してしまった分、横尾も今はかなり薄着で、その薄い布越しに背中へとその温もりが伝わってくるのだ。
もっと言ってしまえば、あの6本の細い傷痕に。

「あー、じゃあ俺んち着いたらなんか出してやるって」
「・・・横尾んち行くの?」
「やなの?」
「やじゃないよ。・・・おにーさんとかおばさんは?」
「・・・・・・いない」

何故かたっぷり空いた間。
けれど河合はそれに何か含むように笑ったかと思うと、嬉しそうにまた頬を背中にすり寄せた。
むしろその答えを望んでいたと言うかのように。

「んふっ、そっかあー」
「・・・んだよ」
「なんでもなーい」

そう言ってクスクスと笑いながらギュッとしがみついてくる河合に、横尾はなんとなくばつ悪い気分になって敢えて何も返さなかった。
けれど、背中に押し付けられた顔が、その唇が、まるで切る風に紛れさせるように呟いた言葉には反応せずにはいられなかった。

「・・・ここの傷、いたい?」

その言葉が紡がれた傍から、そこから布越しに伝わってくる熱が背中の傷痕を疼かせる。
どうやらつけられた傷は少なくとも無意識ではなかったようだ。
むしろそこには何らかの意図すら感じられる。


問い詰めて欲しいなら、お望みどおりにしてやるけど。


横尾はそんな言葉を風に紛れさせると、ハンドルを握る手に力を込め、バイクを加速させた。










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えええーまだ続くのかよ!ていう・・・。申し訳!
しかも恥ずかしいくらいにラブラブだよわたふみ。単なるカップルだよわたふみ。でも実際そうだしわたふみ。
ていうか、最近うちのフミトは渉に抱きつきすぎだよね!うん自覚はある!
私的フミトの渉しがみつきブームと、実際リアルに奴らがしょっちゅうやらかしてるのと、その両方が合わさって、イコールお約束みたいな勢いになっています。
いい加減フミトが渉にリアルにしがみつきすぎなんだもん・・・。
単なる一介のファンが目にしてるだけでも3・4回はあるんだよ?どんだけ・・・(唖然)。
まぁ渉さんのあの背中に抱きつきたくなる気持ちはわかるよフミト。乙女心が疼くよね(?)。
ちなみにどうでもいいけど、フミトが着て来ちゃった衣装は例のスターシーカー衣装であるという、本当にどうでもいい設定。
(2007.8.12)






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