Private Nude 2










店内は薄暗く、間接照明がところどころにあるテーブルを照らす。
脇にあるグランドピアノでタキシードを着たピアニストが軽快なジャズを弾いている。
逆側を見れば、澄ました顔をしたバーテンダーが淀みない仕種でシェイカーを振っている。
ショーはまだなのか、ステージにはまだ誰もいない。
各々の席では年若い女性から初老の男性まで様々な客が、色とりどりのカクテルの注がれた細身のグラスを手に談笑を交わしている。
皆共通して言えるのは、それなりに身なりと品がよいことだ。
しかしとりわけ目につく客はどちらかというと男性が多く、しかもそれなりに歳がいっているように見受けられた。

辺りを軽く見回して、五関はふっと息を吐き出した。
ただでさえ普段からあまり家から出ないというのに、こんな煌びやかな場所はますます落ち着かない。
そんな五関に気づいて藤ヶ谷は苦笑しながら空いている席に促す。

「まぁまぁ、とりあえずなんか飲もうよ。ね」
「やっぱ止めとけばよかったかな・・・」
「そんなこと言わずに!」
「すごい居心地悪いんだけど」
「もうすぐ始まるから!」

そう言ってポンポンと宥めるように肩を叩き、五関を半ば無理矢理席に座らせる。
席に着くとすぐさまウェイターがやってきた。
適当に酒を二つ注文し、藤ヶ谷は改めて辺りをぐるりと見回してみる。
そしてテーブルに頬杖を着いて暇そうにしている五関の方に顔を寄せると、小さく耳打ちした。

「あのさ、俺実は結構楽しみなんだけど」

笑ってそんなことを言う顔は愛嬌があっていいが、来てみてやはり気乗りしなくなっていた五関からしてみれば、なんだか温度差を実感させられる。

「お前はほんとに人生楽しそうでいいね」
「ちょっと、なにその言い草。失礼すぎるから」
「褒めてるんだよ」
「どこがだよ」
「お前芸術誌なんて止めて大衆紙の編集行けば」

鼻で笑いながらそんなことを言う五関に、藤ヶ谷は憮然とした表情を見せる。
藤ヶ谷の本業は実は雑誌の編集者で、主に芸術関係の雑誌を手がけている。
その関係もあって友人の五関のマネージメント業も行っているのだ。

「ケンカ売りすぎ。あのね、言っとくけどこれも芸術の一つなんだよ?五関くんちょっとストリップをバカにしすぎだから」
「別にバカにはしてないよ」

ただ、自分にはあまりにも縁遠い世界で肌に合わないだけ。
また多くの芸術家の例に漏れず五関も若干人嫌いの気があって、そう騒がしくないことだけはマシだが、こういう金にあかせた人種がいる場所は息苦しいのだ。
外に出る時は必ずかけているプラチナフレームの伊達眼鏡は、ある意味五関の「仕事道具」を守るための防具のようなものだ。
外界に溢れている人の渦巻くような感情や欲望は、真に美しいものを見る瞳を曇らせるから。

「とりあえずタダなんだしさ、まぁちょっと見てみようよ」
「・・・じゃあ酒はお前の奢りね」

そう言って、ちょうど運ばれてきたカクテルのグラスに口をつけた時だった。
客席の灯りが弱まり、代わりにステージ上が煌々と照らされる。
ピアニストの演奏も止み、各々の席で歓談していた客も一斉にステージを見る。
それにつられるように藤ヶ谷と五関もそちらを見ると、ステージの奥の赤いビロードの幕が上がり、そこに人影が浮かび上がる。
小柄で細いシルエット。
辺りには先ほどのジャズとは打って変わったハードなロックテイストの曲が流れる。
その選曲にまず驚いた。
ストリップというと、スローでムーディーな曲というイメージがあったからだ。

「こういう雰囲気なの?」
「みたいだね」

そう小声で言い合う二人の視線の先、灯りが降り注ぐステージ上にゆっくりと歩いてきた男。
きつい目鼻立ち、とりわけ意志の強そうな大きな瞳が真っ直ぐに前を見据えている
河合郁人だ。
彼はぴったりとした黒い上下のスーツの中に白いシャツを着ていた。
腰に金色のチェーンを身につけているくらいで、他には特筆するようなこともない格好だ。
むしろステージに立つストリッパーのイメージする格好とは程遠かった。
脱ぐ演出がメインになる以上、その衣装は普通基本的にゆったりとしていて脱ぎやすい、言ってしまえば服というよりか布きれのようなものであることが多いのだけれども。
カッチリとしたスーツに身を包んで出てきた目の前の男は、一体これから何をするのだろう。
五関がじっとそちらを見ていると、河合は一定の位置まで来るとピタリと動きを止め、その場で目を伏せた。
同時、流れる曲がいったん静かなものになる。
そこで両膝をつき、両手を左右に大きく広げてまるで天を仰ぐように背を撓らせて反り返る。
ぴたりとしたスーツのラインが美しい曲線を描く。
振り上げた両腕を宙で揃え、頭から顎先、喉、胸元まで滑らせる様にゆったりと降ろしていく。
自らの身体の線をなぞる様なその動きはどこか艶っぽい。
その降ろされた腕が膝まで到達し床についた瞬間、曲調がまたハードなものに変わった。
そしてその一対の鋭い瞳がまるで光を放つかのように大きく見開かれ、地に着いていた身体が軽やかに跳躍するように立ち上がる。

「・・・」

五関は我知らず息を呑んでいた。
それはまるで、何か初めて見る生き物に遭遇したような感覚だった。
黒いスーツに身を包み、全身をバネのようにして激しく踊る様。
何より見るものを惹きつけて止まない煌く鋭い瞳と相まって、その姿はまるで野生の獣のようだった。
そして男しては妙に赤く艶々した下唇を時折いたずらに舌先で舐めてはうっすら笑う顔が、なおのことそんな感想を抱かせるのだ。
決して何者にも屈しない、群れない、猫科の獣。
ここでしか出会えない美しい獣。
気づけばその場の全てが魅了されていた。

また曲調が変わり、若干テンポが落ちる。
河合はなおも激しく身体を動かしながら、その細い指先を動かし自らの身体に時折触れる。
そして触れる度、スーツのボタンが一つまた一つと外されていく。
上着のボタンが全て外れれば次は白いシャツ、やがてはその下の素肌が現れる。
けれどその瞳が一瞬煌く度、バネのような身体が揺れる度、垣間見えていく素肌は見るものに媚びるというよりかまるで挑発しているかのようだ。
上半身の前を全て開け放ち、一度両肩をぐるりと廻すように身体を揺らすと、一気に上着とシャツが肩から滑り落ちて腕に絡みつく。
露になった上半身は細いけれど綺麗に筋肉がついていた。
あれだけの量の激しいダンスをするのだ、それも納得がいく。
上着が申し訳程度絡みついた細い腕が、平らな胸から腹を見せ付けるように滑り落ちる。
再び両膝をついて身体を反り返らせながらも、その表情は不敵で挑発的で、どこからか唾を飲んだような音が聞こえる。

「すっげ・・・」

藤ヶ谷は思わずそんな感嘆の声を乾いた喉から搾り出した。
そこではたとして隣の友人を見ると、五関は食い入るように瞬き一つせずステージ上を見ていた。
しかもいつのまにかその伊達眼鏡を外している。
見ればそれは彼の白い指先に預けられているのだ。
その真に美しいものを見る瞳が否が応でも反応したということだろうか。

そんなことを思いながらもう一度ステージに視線をやると、河合はついにはファスナーを降ろし、腰を揺らめかせながら片脚から黒い布地を滑らせていく。
その腰のチェーンをするりと指先で抜き取ると、露になった細い太腿に巻きつけてみせる。
曲に混じって金属が立てる音がする。
そしてその太腿に巻きついたチェーンの端を持った彼が、その視線を不意にいずこかに向けた。
それは迷いなく真っ直ぐに。
藤ヶ谷が気になって思わずその視線を追うと、それは思う以上にすぐ近くだった。
自分の、隣。

「え・・・?」

驚いたようなその声にも、五関は特に反応しなかった。
じっと視線の先のものを凝視するだけ。
ただその白い指先だけがどこか緩慢に動く。
それはまるで描く時にも似た姿。

その暫し交錯した視線。
先に外したのは河合だった。




曲が止み、ショーが終わった。
けれどステージ上でもはやほとんど何も身にまとっていない河合は、小さく膝をついたまま荒く息をしている。
その素肌が真っ赤になっているのがわかる。
きっと赤くなりやすい体質なのだろう。
早く奥に下がればいいものを、そうせずそんな無防備な身体を晒すものだから、客席から一部色めき立った視線を向けられるのだ。
五関はそんなことを思いながら再び眼鏡をかけた。
すると河合がパッと顔を上げ、踊っている最中は決して見せなかった笑顔を浮かべて客席にぺこりと頭を下げた。
それにまた少し驚いた。
笑うときつい面立ちが完全に崩れる。
むしろ鋭さなど完全に形を潜めた幼い笑顔だった。
隣の藤ヶ谷も同じことを思ったのか、つられるように小さく笑っている。

「なんか笑うと感じ変わるねー」
「うん」

けれどそれは決して悪い意味ではない。
さっきまであんな風に激しく鋭く挑発的に笑っていたくせに、終わってしまえばそんな無防備な幼い笑顔を見せる。
人は誰しも二面性に弱いものだ。

そんなことを思ってると、不意に舞台袖から一人の男が現れた。
藤ヶ谷と同じくらいの長身に、痛んだ茶の髪、むっつりとした強面。
男は河合に躊躇なく歩み寄ると、その長い足を折り、長い腕を伸ばす。
河合が男を見上げて笑った。
それと同時、骨張った長い腕が当然のような仕草で河合を抱き上げたのだ。
脱ぎ散らかされていた服を立ち上がる時についでのように拾い上げ、抱き上げた身体にかけてやる。
その感触に河合はまたくすくすと笑って、自分を抱き上げる男の耳元に何事か囁いている。
男は小さく苦笑しながら頷いてやっている。
ステージ上で繰り広げられるそんな光景に客席は少なからずどよめいているけれども、かといってそう大騒ぎになっているわけでもない。
長身の男は河合を抱き上げたままに、ステージ奥に歩いていく。
けれど下がる瞬間、抱えられた河合が確かに五関を見て笑った。
それに思わず目を瞬かせると、一度だけ手を振られた気がした。
きちんと確認する前にその姿は奥に消えてしまったけれども。

五関はようやく一息つくと、思わず隣の藤ヶ谷に胡乱気に漏らした。

「・・・なに、あれはここではお姫様かなんかなの?」
「あー・・・あれ、わざとらしいよ」
「わざと?」
「わざと客に見せ付けてんの」
「・・・・・・」

もはや無言で眉根を寄せる様に、藤ヶ谷は慌てて頭を振る。

「あ、違う違う!デキてるとかそういう意味じゃないよ」
「じゃあどういう意味」
「まぁ、ある種の客との線引きみたいな?」
「線引き?」
「んー、結構ね、危ないらしいんだ」
「・・・?」

藤ヶ谷が少し声を潜めたのに、五関は首を傾げて更に眉を寄せる。

「下手に客が権力ある人間多いし、中には無理矢理どうこうしようとする奴がいるんだってさ」
「・・・ああ、なるほど」

あの美しい獣みたいな身体を手に入れて屈服させたいなどと思う輩は、確かに権力者にはいそうだ。
その細い首に鎖をつけて飼い殺すことだって可能にできてしまうのが権力というもの。

「ちなみに、抱えてったあの男は専属のボディガード。いつでもどこでも一緒で、相当腕が立つらしいよ」
「へぇ・・・ほんとに別世界だな」
「あと他にも喜多川さんがSPとかつけてくれてるらしいし、まぁ万全みたいだけど」
「そりゃすごい・・・・・・ていうか、お前はなんでそんなに詳しいわけ?」
「あ、来る前に速攻で調べた」
「そりゃご苦労さん」

そこら辺、さすが雑誌の編集者なんてやっているだけあって情報網が広い。
そんなことを思いながらも、五関はなんとなくさっきのことをぼんやりと思い出していた。

美しい獣のような肢体。
挑発的な眼差し。
確かに題材としては悪くないと思った。
思わず裸眼で見たいと思ってしまった程だから。
ただ男なんて描いたことがないからどうなるかは正直わからないし、何より相手がどういう反応をするかわからない。
別に性質的に相性が良い必要もないが、さすがにまるで合わないような相手だったら無理が出てくる。

「・・・あっ、・・・ご、五関くん!」

思考に没頭していたら、突然強く肩を叩かれた。
思わず鬱陶しげにそちらを見ると、先程ステージ上で見た姿がすぐそこにあった。
さすがに服はもう着ていたけれども。
そう言えば例のボディーガードはどうしたのかと思えば、すぐそこで腕を組んで立っていた。
それこそ、河合の身に何かあれば一瞬で動ける範囲だ。

河合は迷いなく五関の元にやってくると、ぺこりと頭を下げた。

「こんばんはっ」

そう言って笑った顔は人懐こい。
先程の食われそうな程の鋭い眼光はそこにはない。
もしかしたらステージ上では人が変わるタイプなのかもしれない。
そんな感想を抱きつつ、五関は返すように軽く会釈して応えた。

「どうも、こんばんは。お疲れ様」
「いえいえ。今日は見に来てくれてありがとう」
「・・・ていうか、なんで俺?」
「あれ?絵描きの先生じゃないの?」
「いや、そうだけど・・・」

言いながら横目で藤ヶ谷を見る。
けれど藤ヶ谷はぶんぶんと頭を振るだけだ。
どうやら藤ヶ谷が事前に知らせておいたわけではないらしい。
仮に依頼主が教えておいたとしても、顔まで知っているとは思えないのだけれども。

「あ、やっぱり。五関先生だよね?」
「ああ、うん・・・」
「客席見てすぐわかったもん」
「・・・なんで?」

不思議そうに聞き返した五関に、何故かおかしそうに含み笑いをした。
それに怪訝そうにすると思い切り指を指された。

「見る目がぜんぜんやらしくないからね」
「そういうものかな」
「その割に値踏みするみたいに見られてすっごい居心地悪かったもん」
「あー・・・それは申し訳ない」
「あははっ、嘘だよ。むしろ逆に頑張っちゃった」
「そういうものなんだ」
「そういうものなんです」

そう言っておかしそうに笑う姿は普通のそこら辺にいる青年となんら変わりない。
どうやらステージ上の姿からは程遠いくらい、本人の性質は人懐こいようだ。

「で、どうだった?」
「どうって?」
「俺、合格?」

じっと瞬きもせず見つめてくる大きな煌く瞳。
ステージから降りてもそれだけは変わらない。
いや、今は衣服に包まれたその身体だって、その下はさっき見たそれなのだ。
それを白いキャンバスに描いたらどうなるだろう。
自分はそれをどう描けるだろう。

五関は眼鏡を外して薄く笑んだ。

「明日から、早速来れる?」

さて、一体何色でそれを描こうか。










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フミトを出しときたかったのでサクサク続き。
しかし大丈夫なのかなコレ(笑)。
まぁとりあえず、ストリッパー言うても普段のステージ上のフミトを若干強調して描写しただけに過ぎないのが逆にリアルフミトの恐ろしさを思い知らせるね!
いい加減エロかわアイドルすぎるぜあの子。
あとさりげに台詞もなかったけど出てきた渉さんのポジが一番夢見がちです。ウフ。
次回からはいよいよヌード画家×ストリッパーで愛を育めるかしら!
しかしなんとなく、北藤とマフィア以外ではかつてなくたいぴを書いている予感。
キスならたいぴ担とか言っといて相変わらず書くのがどえらい苦手です。
(2007.8.12)







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