Private Nude 3
翌日の昼過ぎ、町外れのアトリエに来訪者があった。
扉を開けるとTシャツにジーパン、そして頭にはキャップというラフな姿で河合が立っていた。
扉から顔を覗かせる五関に向かって歯を見せて笑うと、河合は軽く手を振ってみせる。
「こんにちはー」
そうしていると本当にストリッパーなどには到底見えない。
薄暗い部屋に煌びやかなネオンよりも、明るい陽の光の下にいる方が似合う気さえする。
けれど昨夜ステージで見た姿が強烈に印象に残ったのは本当で、あの姿がこの人懐こい様の下に隠されているのかと思うと、ますます興味は増すというものだ。
「いらっしゃい」
そう言って河合を招きいれようとした五関だったけれども、そこではたと足を止めた。
河合の向こう、門扉脇にもたれかかるようにして立っている長身の男を見つけたからだ。
件のボディーガードだった。
昨夜と同じように両腕を組んでむっつりとした表情でいるその姿は正直目立つ。
いつでもどこでも一緒っていうのはあながち言いすぎじゃないってことか。
五関は内心そんなことを思いながら、そちらから再び河合に視線を戻し、軽く首を傾げてみせた。
「連れの人も入る?」
敢えて軽い調子でそう訊いてみる。
河合はそれに一瞬パチパチと目を瞬かせてから、「ああ」と頷いて軽くそちらを振り返りつつ笑った。
するとあの男もそれにうっすら笑って緩く頭を振ってみせる。
それに小さく頷いてから河合は改めて五関に向き直った。
「ん、大丈夫。横尾はあそこで待っててくれるって」
あのボディーガードはどうやら横尾という名前らしい。
特に言葉もない今の視線だけのやりとりを見るに、単なる契約関係以上に、それなりの深い信頼関係を築いているようだ。
あるいはもしかしたら、「信頼関係以上の関係」すら築いているのかもしれない。
そこら辺、五関には窺い知るべくもないし、そんな下世話な勘繰りをするつもりもなかった。
しかし、当然のようにあそこで待っているとは言うけれども。
「別に玄関先くらいならいいけど?」
アトリエはさすがに困るというか、描く上で自分と相手以外の存在がいるのは正直邪魔だ。
ただあんな所で待っていられるのも目立ってしょうがないし、一番は玄関辺りで待っていて貰うことだろう。
けれど河合は今度はあちらを振り返るでもなく、それに緩く頭を振る。
「いいの。言ってもどうせ来ないから」
「そう?まぁ、そっちがいいならいいけど」
もう一度あちらに何気なく視線をやると、横尾はこちらを見ていた。
しかし視線は特にかち合うことはない。
横尾はひたすらに河合を見ているからだ。
それになんとなく無言で肩を竦めてから、五関は踵を返す。
「じゃ、こっち来て。お茶くらい入れるから」
アトリエに河合を通し、適当にお茶とお菓子を出してやった。
河合はそのお菓子を遠慮なく摘みながらも物珍しげに辺りをキョロキョロと見回しては、その大きな目をパチパチと瞬かせて楽しそうにしている。
その向かいに腰掛けると、五関はその様子をなんだかおかしそうに笑った。
「そんなに珍しい?」
「だってさ、絵描きさんの家なんて初めてだもん」
「別にそんなに大したものはないよ」
「ううん、なんかやっぱ芸術家〜ってカンジする!」
「なにそれ。単なるイメージじゃない?」
「だから、ここがそのイメージとバッチリ合ってたんだって」
未だ脱ぐことも忘れていたキャップをその細い指先でようやくとって、そのキャラメル色の髪をふわりと揺らしながら、河合はすぐ傍にかけてある絵をまじまじと見る。
くるくると動く大きな瞳がまるで子供のようだ。
そこら辺には書き途中の絵などもあって、中には乾きかけのものなんかもあるから、一応触らないようにと言っておこうかと一瞬思う。
けれどそこら辺は心得ているのか、まじまじと近くで眺めはしても、河合は決して手を伸ばすような様子は見せなかった。
ただ妙に強い視線でじっと目の前の描きかけの絵を見つめる。
「ヌード専門の絵描きさん、なんだってね」
ぽつんと呟かれたそれに五関は軽く頷く。
昨夜も名乗る前に五関のことを知っていたようだし、恐らく依頼主の喜多川から簡単に聞かされているのだろう。
特に深く考えることはしなかったが、説明する手間が省けたのはよかったと思った。
「これも、綺麗。いつ完成するの?」
何気なく訊ねられ、五関もその絵を改めて見る。
そして「ああ」と気付いたように頭を振った。
「それはもう描かないから」
「え、なんで?」
「モデルと上手くいかなかったから、ってとこかな」
「あー・・・そうなんだぁ・・・」
呟きながら、それでもなおじっとその絵を見つめる。
そんなに気に入ったんだろうか。
白いシーツの上に横たわってこちらを見る、裸体の女性。
「折角綺麗に描いてもらえてたのにね。もったいない」
そう呟かれた言葉に、五関はなんとなくその顔を見た。
それは下手なお世辞などではなくて、飾り気がないからこそ心から言っているようにも感じられて、五関はこの目の前の男に対する印象を新たなものにしていた。
それこそ、その描きかけの絵になどもはや興味は欠片もない。
河合が帰ったらさっさと処分してしまうことにしよう。
これから新たな絵に取りかかるのだから。
キャンバスをじっと見る横顔に、頭の中に様々な色が浮かぶ。
高い鼻筋や長い睫、柔らかそうな赤い下唇、それに綺麗な首筋。
ピタリとしたTシャツは細身ながら締まったその身体のラインを綺麗に伝えている。
「そう言って貰えるのはありがたいけど・・・やっぱりそれを完成させるのは無理だな。今日からは君を描くつもりだから」
その横顔がゆっくりとこちらを向く。
何度か大きな瞳を瞬かせ、唇をうっすら開き、それから目を撓ませて薄く笑った。
どこか満足気な。けれど更なる満足を求めるような。まるで得物を見つけた獣のような。
それは少しだけ、夜のあのステージで見せる片鱗のように感じた。
「描いてくれるの?」
「そりゃ、依頼だからね」
「でもモデルが気に入らなきゃ描かないんでしょ?」
「まぁ、だから気に入ったってことで、いいんじゃない?」
「なーんか他人事みたいな言い方ー」
余程おかしかったのか、きゃらきゃらと高いトーンで笑いながら、河合はその右手を胸元に当てて小首を傾げてみせる。
ピタリとしたTシャツをくしゃりと掴んで少し上に引っ張り上げる。
そうすると自然と腰の辺りがずり上がって肌が露わになった。
「じゃ、早速やる?」
そう言いながらするするとTシャツの裾が捲れ上がっていく。
昼間からショーが始まるかのようなその仕草には、まるで誘われているようにも感じる。
けれどそれは、今まで五関に媚びた視線を向けてきた女達とは一線を画している。
何が違うのかと言われれば、それは客観的にどうかはわからない。
ただ少なくとも、そんな仕草を見せられても五関の意欲がそげることはまるでなくて、むしろ見せつけられる度に頭の中に様々な色や構図が浮かび上がるのだ。
「そうだね。そこのベッド行って」
河合はそれに軽く頷くと立ち上がり、そちらに向かいながらTシャツをから両腕を抜き、最後に頭を抜いてバサリと脱ぎ捨ててしまう。
その脱いだTシャツを指先で弄ぶように遊ばせてから床に滑らせ放った仕草まで、何か計算されているように見える。
細く締まった上半身を露わにしながら、河合はなんだか楽しげな表情で向こうにあるシングルベッドの上に勢いよく飛び乗った。
所詮モデル用の安いベッドだ、そんな勢いで乗られればスプリングが悲鳴を上げる。
さすがに五関もそれには苦笑した。
「できれば丁寧に扱って。壊れるから」
「あ、ごめんなさーい。なんか楽しくって」
「変わってるね、君」
「そう?普通だよ」
でも普通の人間、しかも男がストリッパーという職業は選ばないような気もする。
けれどそんなことを正直に口にすることは、もしかしたら相手の気分を害するかもしれないとも思ったから、敢えて口にはしなかった。
目の前の男について知りたいと思う気持ちは確かにあるが、そう急ぐこともない。
距離感を大事にしたいというスタンスに関しては、たとえ河合相手でも変わることはないのだ。
それはまるで筆に絵の具を染みこませていくように、そしてそれでキャンバスをなぞるように、ゆっくりでいい。
「ねぇ、いきなり全部脱いじゃっていいの?」
白いシーツの上に、軽く足を広げるように両膝をつき、ベルトに手をかけながら五関を心なしか上目気味に見る。
さすがにストリッパーだけあって、見られる角度をよくわかっているなと思った。
些細な仕草が計算しつくされている。
ただ、本人が全て計算してやっているとも思えないけれども。
そんなことを思いながら、五関はキャンバスの前の椅子に腰掛けた。
「ああ、いいよ。好きなように脱いで」
「お任せコース?」
「そういうこと」
「んじゃ、全部いっちゃいまーす」
楽しげに言いながらベルトが抜き取られる。
しゅるん、と擦れるような音がして、長いそれがベッド下に放られた。
それからジーパンの片脚を抜き、露わになった片脚で支えるようにしながら逆の脚も抜き取ってしまう。
それはぴったりとしたスリムなものだったせいか少し苦労したようで、脱いだ拍子に体勢を崩してころんとベッドに転がったのがまるで犬か猫のようでもあった。
窓から差し込む陽の光の下だからかもしれないが、それはなんだか健康的で無邪気にさえ見える。
「やっぱジーパンは脱ぎにくいなー」
そんなことを言いながら転がったまま、手にしていたジーパンも下に放り投げた。
一連の流れをじっと見ていた五関はふと呟いた。
「こういうの訊くのも愚問だろうけど」
「ん?」
「人前でそうやって脱ぐのって、どんな気分?」
五関がそう訊く間に、河合はついに下着も脱いでしまっていた。
まっさらな身体を隠しもせずに、白いシーツの上に転がってじっと五関を見上げる。
「ん、気持ちイイよ」
ぺろんと悪戯に舌を覗かせてそんなことを言った様は、妙に無邪気で蠱惑的だった。
「それって、職業的なもんなのかな」
「さぁ、それはどうだろね。ストリッパーでも、ほんとは見られんのなんて好きじゃないって奴もいるし」
「人それぞれってことか」
「そうそう。でも俺は好き。人に見られんのが、好き」
そう言って真っ直ぐに見上げられるのは、まるで挑戦を受けているようにも感じられた。
だから存分に自分を見て描けと。
五関はその答えに緩く頷くと、まず筆の前に鉛筆を手に取った。
そちらからは僅かにも視線を逸らさずに。
「それなら、もう嫌だってくらい見るから、安心していいよ」
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これ書いてて楽しいよ(笑)。
フミトがいつもよりステージモードのイメージで書いてるからかも。
あの俺コン状態のアレ(笑)。
とりあえずこれで書きたいのは、ヌード画家五関先生がストリッパー郁人さんにメロメロになってく過程であります!(わー)
あと渉な、渉(うん)。
(2007.8.12)
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