望むなら特別な日々 前編










「なんの冗談や、それ」

横山はソファーに無理矢理座らされ、両側からさりげなく押さえつけられた状態で目の前に掲げられたそれを驚愕に見開かれた目でまじまじと見る。

「・・・ちゅーか内、錦戸っ」
「はぁい?」
「なんすか?」
「ええ加減離せっ」
「ごめんなぁ?横山くん。もうちょい我慢して?」
「変なことはせーへんから」
「されてたまるか!なんやねんこれ・・・」

吐き捨てるようにそう言いつつも、横山は押さえつけられた両腕を少しばかり動かす程度の抵抗しかしていない。
ちなみに両側から押さえつけていると言ってもそれはさしたる力も入っていないような形だけの代物だ。
何せそうしている相手が横山が特に可愛がっている掛け持ち組の二人なのだから、力など入っていても入っていなくても効果は同じなのだ。
細身の錦戸と内相手ならば、横山が本気になれば振りほどくこともできる。
けれども二人にそうやって子供みたいに無邪気に笑まれたら、元来お兄ちゃん気質の横山には無下にできない。
そして今のこの状況はそんな横山の性質を把握した上で設定されているのだから、なかなかに狡猾な策と言えるだろう。

「あーーもーーーなんやねん!」

どうにもならずイライラと癇癪を起こす横山の背後。
ソファーの背もたれにもたれかかるようにしていた大倉と丸山が、後ろからのんびりと、そして少しだけ申し訳なさそうに声をかけてくる。

「横山くんそない怒ったらあかんて」
「裕さん裕さん、これも村上くんのためですからー」
「なんっやねん!おまえらなんやねん!どういうことやねん!」

ギッと睨みつけるようにそちらを顔だけで振り返ってやる。
けれども大きな図体をしてゆったりした空気を醸し出す二人は、まるで草食動物のように穏やかな様子で互いに顔を見合わせる。

「えー、なにって・・・誕生日?」
「おん、おめでたい日やねぇ」
「わーってるわ!せやからこの状況はなんやて言うてんねんおい!」
「あーそうや、横山くんお菓子食べます?」
「せやせや、お菓子ありますよ〜」
「いらんわっ!」

こいつらに言っても無駄だ。
むしろ今の状況では疲れるだけだ。
普段こそ癒される程ののんびりさが今は鬱陶しくて堪らない。
横山は大きく息を吐き出すと、最後は目の前でニコニコしている小柄な二人に凶悪な顔を向けた。
そう、今回の首謀者は主にこいつらなのだ。
こいつらをどうにかすればいいのだ。

「おい・・・すばる、安田」
「なんやよこちょ」
「なんですのキミくん」
「もう一度言うで」
「なんや」
「なんですの」

小柄で愛らしい容姿をした二人が揃ってニコニコしているのは、それはそれは可愛らしい。
男相手に可愛らしいという形容もどうかと思うが実際可愛いものは可愛い。
けれども今この状況においてそれはまるで小悪魔のそれのように見えて、横山は内心恐ろしかった。
このコンビ、最近どうにも仲が良いと思っていたら、まさかこんなことを考えていたとは。

「なんの冗談や、それは」

努めて低くそう呟いて威嚇するような表情を向けてやる、けれども。
すばると安田はちらっと互いの顔を見合わせて笑い合ったかと思うと、そのままの笑顔を再び横山に向けた。

「冗談ちゃうでよこちょ」
「めっちゃ本気ですよキミくん」
「ふ、ふざけんなー!」

頭がおかしい。
こいつらはみんな頭がおかしい。

横山は耳をじわじわと赤く染めながら頭を振る。
ありえないありえない。
なんだこれは。
思わず横山が凝視してしまった先にあるものは、すばるがさっき「じゃじゃーん!」という効果音と共に広げてみせた服だ。
・・・そう、一応は、服だ。
だけれどもそれは日常生活で早々お目にかかれるものでもないし、見るとしても極々限定された場所でしかない。
そして何より、着る性別が限定されている代物なのだ。
端的に言ってそれは、女性が着るもの。
女性しか着てはいけないものだろう。

「すごい綺麗やろ!これ!」
「しかもオーダーメイドなんですよー!」
「いやーさすがにサイズがなくてなぁ。他にも色とかデザインとか、どうせなら凝りに凝りたかったしな」
「みんなでここ一ヶ月ずーっと話し合って案を出し合って、そんで注文したんですから」
「高かってんでー?」
「頑張りましたー」

なー?・・・なんて。
満足げに頷き合うチビッコ達にこめかみを震わせてから、もう一度すばるが掲げているその服を見る。

綺麗・・・確かに綺麗だとは思う。
つやつやと光沢のある漆黒のシルク地には金糸と銀糸で蝶の刺繍が至る所に施されていて、首元にはやはり蝶をあしらった金飾りがついている。
大きく開いた背開きのデザインはきっと女性が着たらその柔肌が肩から脇、そして背中までが綺麗に見えて言いようもなく色っぽいだろうと想像できる。
またくびれた腰周りから下、長く垂れ下がった裾部分は恐らくは踝近くまでも届く程であろうから、きっとロングドレスなのだろう。
それにしても女性が着るにはいくらなんでも長すぎて、平均的な身長の女性では明らかに床についてしまうように思う。
その長い裾は、けれどそのくせ随分と深い切れ込み、いわゆるスリットが入っていて、かなりきわどいラインだ。
あれでは恐らく太股まで完全に見えてしまうだろう。
しかしながらそのドレスは本来身体、特に脚のラインを綺麗に見せることに重点を置かれた代物であるので、それも頷けると言えばそうなのだ。
これはそこそこ身長のある美しい女性が着たらさぞかし色っぽく綺麗なことだろう。
横山にとてそれはよくわかる。
そして、ああ、確かに・・・とうっかり思ってしまった。

このチャイナドレス。
どう考えても自分の恋人好みだと。

「な?絶対あいつ好きやんな!」

口には出していなかったはずなのに、すばるは横山の心の声が聞こえたとばかりに自信満々で、手にしたチャイナドレスの裾をぺらりとつまんでみせる。

「もうっこれすっごい自信アリですよ!あっここ、ここ!この首の蝶の飾りは俺発案なんです!」

それに乗っかって安田がドレスの首にある蝶を嬉しそうに指差す。

「あのね、ほんで黒がええよーって。な?」
「おん。やっぱり肌が白いから黒がええやろーって」

背後の大倉と丸山がのほほんと言い合う。

「あとなんといってもやっぱスリットやでっ。なっ亮ちゃん?」
「そこは外せへんな。あの人ほんま鬱陶しいくらいしょっちゅう言うてるし。あのスリットから見える太股がなー!って」

両側の内と錦戸が横山を挟んで頷き合う。

「・・・・・・」

ありえない。
横山はもう何度目か判らないくらいに心の中でそう思った。
こいつらがどういうつもりなのかは既に判っているし。
そのチャイナドレスが今どういう意図でもって自分の目の前に掲げられているかも判っているし。
結局詰まる所それが今回どういう意味を持つのかも判っている。
判ってはいたが、横山はもう一度だけ訊いた。
それはもはや悪あがきと言った方がよかったかもしれない。
けれどそう簡単に認められるはずもないのだ。
何度でも言う。
ありえないからだ。

「ほんでそれを、そのチャイナドレスを、誰が着るって・・・?」

ゆっくりと、努めて抑えた調子。
けれどそれに返ってきたのは、前、後ろ、両側からからの当然のように揃った6人の声だった。

「よこちょ」
「キミくん」
「横山くん」
「裕さん」
「よこやまくん」
「きみくん」

ああ、やっぱり。
もはや横山は怒りとか呆れとかを通り越してがっくりと肩を落とした。

そうだ。そうだ。
だいたいがおかしいと思ったのだ。
もうすぐあいつの誕生日だからと、みんなは今年は一体どんなプレゼントを用意しているのかと訊いて廻っても、誰もが言葉を濁すかはぐらかすかで全然教えてくれなかった。
毎年恒例の誕生日会だってやることは当然のように決まっていたけれども、何やらみんなあまり話し合いに積極的に参加してくれなかった。
いつもならばみんなでせっせとサプライズのためにあれこれ考えを出し合うというのに。
なんや冷たいやないか、と内心つまらなく思った横山がほとんど一人で誕生日会について考えていたりもした。
お前らいつからそんな薄情になったん、ええわええわ俺一人でもちゃんと祝ったるねん、などと少しふて腐れたりもした。
しかしその結果がこれだ。
一ヶ月に及ぶ舞台の関係で合宿所生活の最中、夕方頃出掛け先から帰ってきた横山がまるで拉致されるようにリビングへと引っ張り込まれた先にあったもの。
それが今目の前に掲げられた豪奢な黒のチャイナドレスだ。
つまりはこれこそが、今回の主役である村上と、そして横山以外の6人による壮大な村上誕生日祝い計画であったのだ。

「おま、おまえら、あほやろ・・・」
「何がアホやねんな」
「そうですよキミくん、俺ら頑張ったんですから」

誰もそんなん頑張れなんて言うてへん!
余程そう言いたかった横山だったが、嫌そうにちらりと目をやった先のそのチャイナドレスに思わず浮かぶ疑問。

「オーダーメイドて・・・だいたいおまえら俺のサイズなんて詳しく知らんやろ」
「ああ、寝てる時に測った」
「はぁ?」

いつのまに、と目を真ん丸くする横山を後目に、すばるは大倉に目配せしてニヤリと笑う。
それにハッとする。
そう、すばると大倉は合宿所生活においては横山と同部屋なのだ。

「俺と大倉でな。大倉が身体持ち上げて俺が測る!連携プレー炸裂やで!なぁ大倉!」
「がんばりましたよねーすばるくん」
「起こさんようにするん大変かなーて思ってたけど、オマエ全然起きんのやもん。楽勝やったで」
「ほんま横山くん眠り深いですよねぇ。あんだけ触られて起きひんのも、ちょっと危ないんちゃうかなー」
「まぁヨコやしな」
「横山くんですしね」

どういう意味やねんこら!
勝手に測っておいてその言いぐさはなんだと噛みついてやりたいのは山々だったけれども、それすらもままならない。
今自分が置かれた状況があんまりすぎて。

「おまえら、ちょお落ち着け。よう考えてみろ」

依然として内と錦戸に両側を押さえつけられたままで逃げ出すことも叶わぬままに、横山は何とかこの状況を打開するべく頭をフル回転させていた。
今目の前にすばるが掲げる黒い豪奢なチャイナドレス。
確かにそれは村上の好みだ。
むしろど真ん中ストライクだ。
一見常識人で普段はシモネタなんかもあまり率先しては言わない爽やかなイメージの恋人が、その実なかなかにマニアックな嗜好を持っていることを横山は嫌と言うほどに知っていた。
むしろ身を持って知っていた、という方が正しい。
そんなマニアックな嗜好の中で言えば、そのチャイナドレス好きはまだ普通な方だろう。
しかしその年季の入り方は結構なもので、思えばまだ事務所に入り立ての十代半ばの頃からチャイナ好きを言って憚らなかった。
あの頃はまだまだ見た目は子犬のように愛らしかったというのに口を開けば「チャイナはええよね」と言っていたので、横山は内心「人は見かけによらん」と思っていたのだ。
普段、殊仕事においては横山の方がよっぽどその手のシモネタは口にしてはいるが、横山の場合はどちらかというと口だけというか、小学生のそれに近い。
むしろ実際自分のことに置き換えてみればネタにされるのも極度に嫌うし、嗜好は至ってノーマルだ。
それに比べると村上は普段あまり言わない分言った時がリアルでシャレにならないものがあるから、横山は村上に「おまえのキャラちゃうからあんまシモネタ言うな」と言っていたのだった。
もちろん実際の所はキャラの問題というよりか、自分の身にそれらが降りかかるのを避けるためだったのだが。

「いくらあいつがチャイナ好き言うてもな、そら綺麗なお姉さんが着れば、の話やろ。
俺が着たって意味ないやん。おまえら、身長170越えた大の男がチャイナなんぞ着てるの見て嬉しいか?きしょいだけやろ?な?」

至って正論だ。
それは当然のように女性が着るべき代物なのだから。
チャイナドレス好きは何も村上だけではないだろうし、そういう他の人間が、いくら好きとは言えそのチャイナドレスを誰が着ても嬉しいかと言えばそんなことはないだろう。
むしろその美しい服を美しい女性が着るからこそこれ以上なく素晴らしいものとなるのだ。
横山は至って正論を述べた。
確かにそれは客観的に見ても正論だった。
けれども横山にとって不幸だったのは、今回の件に関してのみ言えば、その正論は通用しないということだった。
目の前のすばるはその黒い豪奢なドレスを手にしたままに無邪気に笑った。

「アホやな、オマエ」

すばるもまた村上の嗜好はよく知っている。
そしてさらに付け加えれば、その嗜好とは横山裕という対象を持ってして最高の物となるのだということを。

「アイツはオマエだから萌えるんやろ」
「もっ・・・萌えとか、言うな、萌えとか。おまえ流行りに毒されすぎや・・・」

横山は咄嗟にそれだけ言うので精一杯だった。
内心ではすばるの言うことの方がむしろ現状では「正論」となってしまうことを半ば納得してしまっていたからだ。
しかしながらそれを本当に認めてしまうことはイコール、目の前に掲げられた代物を自分が着なくてはならないということになる。
それはありえない。
それだけは何としても避けなければ。

「・・・絶対いややぞ」
「なんでや」
「キミくーん」
「いややっ!おまえら他人事やと思って調子のんなよ!?俺の身にもなってみろ!」

また正論だ。
そしてこの正論は今度こそこの現状にだって主張できるものであるはず。
いくらノリのいい奴らだとは言え、女装癖なんてものは当然ないし、そんなものを男である自分が着ることのありえなさは判るはずだ。
・・・そのはずなのだけれども。

「よこやまくん」

突然右側から内に呼ばれて反射的にそちらを向く。

「あんな、俺な、村上くんが何したら一番よろこぶかなぁって考えててん」
「お、おん・・・」
「そしたらな、やっぱよこやまくんやろー!ってなってな?な?亮ちゃん?」
「せやで」

今度は左側の錦戸の方を向く。

「あの人の嗜好はまぁ・・・ありえへんとこあるけど、でも誕生日言うたら、本人が喜ぶことが一番やろ?」
「ちょ、待てよ、」
「あの人が喜ぶこと言うたらやっぱあんたやん。ねぇ、きみくん」

なんだこの展開は、と横山が内心狼狽えているのにも構わず、今度は後ろからのんびりした声が。

「村上くんて普段あんまわがままとか言わんし、俺らこういう時くらい喜ばせてあげたいんです」
「いや、けど・・・」
「村上くんの喜ぶ顔が見たいんですー裕さん」
「うっ・・・」

なんだこれは。
なんだこれは。
もしかしなくてもこれは自分がいけないのか。
こんな風に駄々をこねる自分が悪いのか。
既に混乱を来し始める横山に、安田がきゅっと手を握ってきて、少し必死な顔で言う。

「キミくん!村上くんのためなんです!村上くんの幸せのためなんです!」
「や、やす・・・」
「村上くんに何欲しいですかって訊いたら、なんでもええでー、なんて言って笑いはったんです。でも俺ら・・・!」
「ちょ、いや、でもおまえっ・・・」
「俺ら村上くんのためにできる限りのことをしてあげたいんです!キミくん!」

なんで安田はこんなに必死なんだ。熱いんだ。
安田が実は村上に憧れていることは知っているけれども。けれどもだ。
だからと言ってこれは・・・。

横山が完全に押されているのを見てとって、すばるはこっそりと笑って最後の一打を放った。
それはまさにトドメの一撃。

「ヨコ、アイツはオマエしか幸せにしてやれへんねんで!」

横山はぽかんと口を開けて固まってしまっている。
すばるは内心、勝った、とガッツポーズをとっていた。
横山や村上と一番付き合いが長いすばるは、一見村上が一方的に愛情を注いでいるように見える二人の関係が、その実見かけ通りではないことを知っていた。
これで意外と横山は見えない部分で村上に深い愛情を持っているし、精神的に受け止めている部分が大きい。
だから「あいつはお前しか」という部分を強調してやればもはや無下には断れなくなる。
・・・それが実際こんなどうしようもなくくだらないことであろうとも、だ。
それはある種横山の弱味につけ込んでいるようでもあり、褒められたことではないだろうけれども。
まぁ何も悪いことをしているわけでもないし、一年に一度の誕生日なのだからこのくらいは我慢してもらおう。
それに横山とて何もそう悪い思いばかりはしないだろう。・・・たぶん。

「すばる・・・」
「ん?」
「絶対、やな・・・?」

横山は小さく視線を落としながらきゅっと拳を握りしめて呟く。
それは恐らく横山の中にある照れとか羞恥とか矜持とか、そういったものを全部を抑え込んでいる証だろう。

「それ、やったら、あいつは絶対、喜ぶって、おまえが言うんやな・・・?」

すばるにそう訊いたのは、それが自分と村上と10年を共にしてきた親友故だろう。
その親友の言葉を、最後の躊躇いを吹っ切る切っ掛けにしようとしているのだ。
だからすばるは満面で笑って身を屈め、横山の顔を覗き込んだ。

「任せろ。オレが保証する」

それに横山はふっと気を抜いたように目を閉じると、大きく息を吐き出した。

「もー、好きにせえ・・・」











一方当の村上はと言うと、そんな合宿所の騒動など露知らず。
呑気に友達との夕食を終えて帰宅する所だった。
こっちに来ている時くらいしか会えないその友達は、ちょうどいいからと言って誕生日祝いで夕飯を奢ってくれたのだ。
そこら辺、横山をして「さすがタダ飯食らい伝説」と言わしめる証明だが、村上にしてみれば今回は誕生日祝いなのだからその伝説とやらの内には入らないだろうと思う。

良い具合に満たされた腹に満足感を憶えつつの合宿所への帰り道。
最寄り駅からの道すがら、携帯のメールチェックをする。
何件かの新着メールを開いて確認していくと、その4通目はすばるからのものだった。
まずその件名に思わず立ち止まって小首を傾げた。


『オレらに感謝しろよ』


「ん?なんやこれ」

不思議に思いつつ本文を開くと、それはたった二行だった。
まず一行目。


『今日はヨコ以外みんな泊まりで帰らへん。』


ヨコ以外?あと全員?
一人二人ならともかくとして、6人も泊まりがけの用事とは珍しいこともあるものだ。
しかも今日は確かにオフだったけれど、明日からはまたしっかり昼夜と公演があるというのに。
明日みんなちゃんと来れるだろうか。
村上は思わずそんなことを思いつつ、それでは逆に、と残された一人のことを思った。
今横山は一人で合宿所にいるのだろうか。
あの広い家に。
だとしたら寂しい思いをしているかもしれない。
そう思って村上は心持ち足早に合宿所への家路を急ぐ。
もちろんそんな素振りを表に出すようなわかりやすいタイプではないが、根本的に寂しがりなことはよく判っている。
特に、本当ならばメンバーがみんないるはずの場所に一人ともなれば。

けれど村上はそうして足早に歩きながらも、そのメールの二行目に再び小首を傾げる。


『おまえらの部屋にプレゼント置いといたから、大事にしろよ。』


プレゼント。
その言葉が単純に示すことと言えば、当然自分の誕生日プレゼントに他ならないだろう。
あと数日で自分の24歳の誕生日を迎える。
恐らくは今年も愛すべきメンバー達が誕生日会を開いてくれるのだろう。
表面的には何でもない風に振る舞ってはいるが、村上とて内心ではそれが楽しみで仕方がない。
そしてだいたいにおいてプレゼントもその誕生日会で渡すことが多いのだが。
このすばるのメールの文面からするに、どうやら自分達、つまりは自分と丸山と安田が使っている部屋に置いてきたということなのだろう。

「直接渡してくれりゃええのに・・・」

歩きながら思わず呟く。
どうせなら直接貰って、あの小柄な親友の照れ混じりの祝辞を聞いて、満面の笑みで抱擁の一つも交えてお礼を言いたかったのに。
何故だろうか。
照れているんだろうか。
それにしたって今までこんなことはなかったというのに。
まぁとりあえずお礼は明日劇場で会った時にでも言おう、そう思って村上はちょうど到着した合宿所の玄関前で鍵を取り出す。
今年は何をくれたんだろうか、そんな期待に少し頬を緩めながら。






家に上がると、村上はまず自分達の部屋に行く前に横山達の部屋に向かった。
一人でいるのならば一刻も早く顔を見せてやりたかったし、どうせならすばるからのプレゼントも一緒に開けたかった。
けれども横山達の部屋をノックすれども、返ってくる声はない。

「ただいまー、ヨコー?おらんの?」

訝しく思ってゆっくりと扉を開ける。
しかしやはりそこに横山はいなかった。
けれども横山が使っている鞄やら上着やらはそこら辺に置いてある。
ということは、出掛けているわけではない。
ひょっとしたらリビングか、もしくは風呂場かトイレか。
そう思って一通り見に行くけれども、やはり横山の姿は見あたらない。

「あれ・・・?」

村上はその場で暫し立ち止まり、眉根を寄せる。
あと覗いていない場所と言ったら、もはや自分達の部屋しかない。
そこにいるんだろうか。
でも何故?
何か借りにでも来たのだろうか?
それとも・・・。

「寂しくなってもーて、こっち来たとか?」

村上は思わず一人くすりと笑んでそんなことを呟いてみる。
まさかなぁ、と冗談めいた独り言ではあった。
でももしかしたらということもある。
自分の使っているベッドで丸まって寝ているやも。
もしもそんなことになっていたらどうしようか。
半分ありえないと思いつつ、村上はなんだか楽しい気分になっていた。
もしもそんな風に、寂しさのあまり自分のベッドで眠る恋人なんてものがそこにあったなら、キスして抱きしめてやろうか。
きっと目覚めた途端に顔を赤くして「離せぼけ」と悪態をつかれるだろうけれども。
そんなことを想像しつつ、村上は自分が使っている部屋ながら、一応ノックをして声をかけてみた。

「ヨコー?おる?ただいまー」

まぁまずないだろうけれども。
そう思ってかけた声に、けれども今度は返ってくる声があった。
それは本当に小さくて下手したら聞き逃してしまいそうなものではあったけれども。

『・・・おかえり』

村上は聞き逃さなかった。
紛れもなく横山の声だ。

うそ、ほんまに?

寝てはいなかったけれども、本当に自分の部屋の方にいたとは。
村上は思わず頬を緩ませて扉を開けようとノブに手をかけた。
けれどそれを廻す音と共に、今度はもう少し大きな声が返ってきた。
なんだか狼狽えたような躊躇うような、そんな。

『ま、まてっ、ヒナっ・・・』
「え?」
『ちょ・・ちょお、まって・・・』
「なに?待ってって・・・どしたん?」
『お願いやから、ちょお待って・・・』
「ヨコ?どしたん?なんかあったんか?」

どうにも切羽詰まったような、弱ったようなその声に、村上はさっきまで緩んでいた頬を引き締めて眉根を寄せる。
手をかけたドアノブをぐいっと廻して開けようとした。
けれども横山はそれを更に焦ったように遮る。

『待てって!』
「なんやねん、どしたん?ヨコ?開けるで?」
『待て、ちょお待って・・・・・・心の準備が、いるねんて・・・』
「心の、準備?」

一体何のことだ?
村上はさっぱり判らないとばかりに首を傾げながら扉向こうに耳を澄ませる。

『・・・ヒナ?』
「ん・・・?」
『引くなよ?』
「え?」
『絶対、引くなよ?』
「え?なに・・・?」
『おまえに引かれたら、ほんま、どうしようもないねんからな・・・おれ・・・』
「ヨコ・・・?」

その声は段々と小さくなって聞き取りづらくなる。
村上は思いあまってその扉を開けようかと思うけれども、なんとなく最後まで聞かなくてはならない気もしてぐっと堪える。

『おまえのためやねんからな・・・。ええか、ぜんぶおまえのためやねんぞ・・・』
「なに・・・もう、ようわからんねんけど」
『おまえが喜ぶて、すばるたちが、言うから・・・』
「すばる?」
『・・・・・・プレゼントやねんから、ちゃんと、受け取れよ』
「プレゼント?・・・プレゼントて、」

そこで村上は思い出す。
さっきのすばるからのメール。
自分達の部屋に置いてきたというプレゼント。
大事にしろと書いてあった。
そして今その部屋には何故か恋人がいて・・・。

「・・・ヨコ?開けるで?」

妙な緊張感が自分を包んでいるのが判った。
村上は一つ唾を飲み込むと、ドアノブを更に廻す。
部屋の中から小さく呟く声がした。

『誕生日、おめでと・・・』

まるでその声が鍵みたいに、同時に扉が開いて。
村上は部屋に入るとその場に一瞬立ち尽くしてしまった。

自分が使っているベッドの上。
そこに膝を抱えるようにして座っている横山。
見慣れるなんてレベルじゃない、それこそ出逢ってからこの10年毎日のように顔を合わせてきた人間だ。
けれども村上は今その見慣れたはずの恋人から目が離せなくなっていた。
目を瞬かせることすらもできない。

「ヨコ・・・?」

自然と唇からこぼれ落ちるようにして出た自分の名前に、横山はぴくりと反応してそのままじっと村上を見つめた。
けれども村上があんまりにも驚いた様子で自分を凝視しているから、思わず居たたまれなくなって眉根を寄せて俯いてしまう。

「・・・あんま、見んな」
「え、あ・・・」
「でもって・・・・・・なんとか言え、こら」

なんとか言えと言われても。
村上はまず何と言ったらいいのかわからなかった。
だってこんな恋人の姿は見たことがないのだから。
いや、見たことがなくて当然だ。
こんな姿を見れる機会があるはずもない。

村上が今瞬くことすらもできずに見つめる先の、恋人の姿。
まるで日に当たったことのないような白く滑らかな肌を漆黒のチャイナドレスに包み、なんだか居心地悪そうに膝を抱えている。
抱えた膝の上に預けるように小さく俯けられた顔、その下の白い首筋はやはり漆黒のシルク地が覆い、そこには蝶をあしらった金飾りが施されている。
立てられた膝、そこをぴったりと覆い垂れる長い裾、それは腰の方に大きく切れ上がっていて、そこからはすらりと伸びた柔らかそうな白い脚が太股まで惜しげもなく見える。
膝を抱えているせいもあってそれはかなりきわどいラインだ。
その太股の辺りにはその白い肌と黒いシルク地に映えるような赤いリボンが巻かれているのが見えた。
しかも・・・恐らくは横山本人は気付いていないのだろうが。
そのスリットは一般のそれよりも更に深く入っているせいか既に腰に近いと言っても過言ではなく、つまりはその辺りの部分まで見えてしまう。
そしてそこもやはり何も覆い隠すものもなく白い柔肌が見えているということは、とそこまで思ってさすがに村上はまずいと思って目を逸らした。
横山はどうやら下着を穿いていないようだ。
そもそもチャイナドレスとは身体のラインがくっきり出る代物だから、そういうものなんだろうか。
そんなことを思いながら村上はもう一度そちらに目を向ける。
村上の反応が思ったよりも薄いことに不安を覚えているのか、俯きがちにじっと黙り込んだ横山の表情は伏し目がちで、細い睫だけがが小さくぱちぱちと瞬いているのが見えた。
その薄金茶の髪は綺麗に梳かれ、首元の蝶とお揃いの銀飾りが邪魔にならない程度につけられている。
そしてよくよく見れば少しだけ化粧も施されているだろうか?
極々薄いそれではあるようだけれども。

そうして村上がまじまじと観察するように、いや鑑賞するように眺めていると、さすがに我慢も限界にきたのか。
横山はこくんと小さく唾を飲み込み、その場でくるっと背中を向けてしまう。
それにはたとして村上は小さく窺うように声をかける。

「あ、ヨコ・・・?」
「・・・せやから、いややって、言うたんや。ありえへんて・・・」
「あー・・・あんな、ヨコー」
「やってほんまありえへんもん。きっしょいやん、男がこんなん。いくらおまえがチャイナドレス好き言うてもな。あーあ・・・」
「や、ちゃうくて。そういうんやなくてな、」
「もーええねん。ごめんごめん。でも俺かてあいつらにはめられたんやからな。
村上のためやー言うて。あいつ喜ぶからって。・・・喜ぶかっちゅーねんな。あーあ」
「んー・・・」
「ほんま、あいつら明日しばいたるわ。絶対やで。はー・・・脱ご、脱ご・・・」

居たたまれなさすぎる。
横山は正直村上の顔が見れなくて、どうやってこのまま場をやり過ごそうかと言うことで頭がいっぱいだった。
こんなタチの悪い冗談みたいな展開とは言え、当の恋人にこんな格好を笑われでもしたら冗談じゃ済まないくらいには傷つく。
いや、せめて笑って貰えた方がまだいいんだろうか。
そんなことを思いながらため息混じりでゆるゆると背中に手を廻す。
このチャイナドレスは背中にファスナーがあって、それを降ろさないことには脱ぐこともできないのだ。
しかし着る時はすばると安田が手伝ってくれたのが今はいない。
一人で脱ぐのはなかなかに大変だ。
この手の構造の服に慣れた女性ならともかく、こんな服は着たことがないし、しかも人より不器用な横山にとってはなおのこと。

「・・・ん、んー・・・」

なんとか精一杯腕を背中に廻そうとするけれど、そもそもが横山は身体自体も硬いのだ。
だからその動作だけでも大変で、どうしたものかと思わず眉根を寄せた。
すると座っていたベッドがぎしっと振動を伝えてきて、思わず動きを止める。
咄嗟に振り返ろうとした次の瞬間、後ろから腕が廻ってきてそのまま後ろに引っ張り込まれるような形で倒れ、その身体に受け止められた。

「っ、・・・・・・ヒナ?」

暖かな胸の感触はもう何度も感じたもの。
けれど今のこの状況ではいつもとはまるで違う感じがする。
自分を後ろから抱き竦める鍛えられた両腕の力が強くて、身動きできなくて。
ゆっくりと顔だけで振り返ると、村上は横山の肩口に顔を載せるようにしてきたから、思う以上に顔が近づいて横山は焦った。

「ちょ、なん・・・」
「・・・ありがと」
「え?」
「プレゼント、やろ?ありがとー」

そう言って八重歯を見せて愛らしく笑いながらぎゅうっと自分を抱きしめてくる力の強さに、横山はこくんと小さく息を飲む。
なんと返したらいいか咄嗟によく判らなくて戸惑っていると、村上はますます嬉しそうに抱きしめてきて、廻した片方の手で横山の頬をそっと撫でた。

「ヨコ、綺麗やなー」
「・・・あー、そー・・・」
「ほんまに綺麗。めちゃくちゃ綺麗。一瞬なんて言うてええかわからんくなったもん。そんくらい、綺麗。ありがと」

正直恥ずかしい。
恥ずかしくてどうしようもない。
けれどもその言葉に本当に嬉しそうな様子が滲んでいるから、横山は内心恥ずかしさや照れよりも先に、よかった、とそう思う気持ちの方が大きかった。

「言うのが遅いねん・・・ほんまもう俺このまま死のうかと思ったわ・・・」
「止めて止めて。そんなん嬉しいに決まってるやん。綺麗すぎて言葉が出ぇへんかってんて」
「おまえな・・・俺がどんだけこれやんのに勇気がいったかわかってんのか。
も、あかんかったらほんま死ぬしかないくらいのあれやぞ・・・」
「おん、せやね。・・・ヨコがこんなんしてくれるとは思わんかった。嬉しい。今なら死んでもええわー」
「あほか、死ぬなよ」
「大往生やね」
「おまえまだ24になったばっかやろが。もう往生すんのか」
「そんくらい嬉しかったてことやん」
「・・・ふぅん。もうこれで満足なん」
「え?」

小さく俯いている顔を思わず覗き込む。
すると薄化粧を施された顔こそ未だ白いままだけれども。
その貝殻のような耳朶が薄赤く染まっているのが判って、村上はふっと笑んでそこに触れるだけでくちづける。

「・・・もちろん、プレゼントは堪能させてもらうで?」
「そうでないと俺もここまでやった甲斐ないわ」
「でもすごいなー、ようやったなぁ。すばる達か?」
「せやで。もう全員でよってたかってや」
「なるほど。つまり6人分のプレゼントってことや、ヨコが」

ええもん貰ったな。
まぁ元々既に俺のもんやけど。
そんなことを平然とのたまう村上に、横山は小さく振り返りながら少し呆れたような表情をする。

「おまえな。俺がこんなん着てやる機会一生ないねんからな。ありがたく思えよ、おもいっきり」
「そら思ってるよ。まさかこれ着てくれるとは思わんし」
「ほんまに・・・おまえのあほでへんたいな嗜好のおかげで苦労するわ俺・・・」
「チャイナ好きはそない変でもないと思うけどなぁ?」
「男が着て喜ぶんは少なくとも普通やないぞおまえ」
「男が、やないで?」

後ろから抱き込んだ身体を更に引き寄せて、村上は廻した片手で顎をやんわり掴んで自分の方に向かせる。
そして唇と唇を合わせ、離れた拍子に更に小さく舌先で舐めてみせた。

「ヨコが着るから、めっちゃそそんねん」

横山はそれにうっすら目を細めて小さく息を吐き出しながら、今度は自分から、まるで小鳥が啄むくらいのささやかさでくちづけた。

「・・・それ、すばるも言うてた」
「あら。さすがやな」
「あいつは絶対喜ぶって。俺が保証するって。自信満々やったわ」
「あはは、読まれてるなー」

あの親友には敵わない。
そんなことを思いながら、村上はそろりと片手を伸ばして、ベッドに無防備に投げ出されたその脚に指先で触れる。

「んっ・・・?」

それにぴくんと反応しては小さく窺ってくる横山に笑いかけてやりながら、そのしっかりとした造りの手を光沢のあるシルク地から、更にスリットから伸びた白い脚にまで優しく這わせていく。
元々村上はチャイナドレスという衣装が好きなので、正直それを着た横山を想像したことがなかったわけではない。
まぁ我ながらそれじゃコスプレだと思わなくはないし、勿論本当に着てくれるとはさすがに思っていなかったのだが。
ただ想像のそれと、今現実にあるこれの差というものは実際ほとんどなくて、まさに理想通り・・・いや、それ以上かもしれない。
白い肌にはきっと黒い生地が映えるだろう、しかもその黒いスリットから伸びた白い脚などともなれば。
そう考えていた村上の想像以上に、今自分の目の前にある光景は堪らないものがある。

「ええなぁ・・・これ、ほんま。たまらん」
「そらよかったな・・・」
「ヨコは黒が似合うわ。肌が白いから」
「よう言われますー」
「せやろー?ほんでな、洋風のゴテゴテしとるやつより、すっきりした色っぽいかっこが似合うわ」
「・・・おまえ、さぶいからあんま力説すんなよ」
「ええやん、嬉しいねんから語らせてや」
「語るな。おまえ本人を前にして」
「照れる?」
「さぶい」
「耳真っ赤やで」
「さぶいねん」
「かわええなぁ」
「うっさい・・・」
「色っぽい」
「ええ加減にせえよ・・・」
「きれい」
「・・・村上」
「ん?」
「も、あんま言うな・・・」

褒められて悪い気はしない。
むしろ恋人に褒められているのならばそれは嬉しいと言えるのかもしれない。
けれども、横山の性格的にあんまり褒められると耐えられなくなってしまうのだ。
照れて恥ずかしくて、どうしようもなくなって。
だからこれ以上は言わないでくれ、と。
自分に廻された手をその白い手できゅっと掴む様に、村上は衝動的にくちづけると、その身体をそっと反転させてベッドに横たえる。

「ん、・・・」

横山は小さく息を飲んだけれど、そのまま自分を落ち着けるように何度か深呼吸をして、そのままじっと村上を見上げた。
本人はそういういつもと違う格好をしているとは言え、自分が着てしまっているからあまり自覚はないのかもしれないが。
見下ろした村上からすれば、薄化粧をしてそんな風に着飾った恋人はまるで違って見える。
確かに自分好みの格好というのもあるし、何より自分のために、自分が喜ぶだろうと思ってそこまでしてくれたことによって、いつも以上に可愛く見えるものだ。愛しく思えるものだ。

横山が、自分のあまり表だって愛情表現のできない性質を内心気にしていることを、村上は薄々感じていた。
それは村上の方がストレートに表現するせいもあって余計に感じることなのだろう。
実際に、よく自分達を知らない人間からすれば、極端な話一方的にすら見えるだろうから。
けれども他人から見たものなんて正直どうでもいいし、村上は横山の愛情をきちんと感じていたからそんなに気にしたことはなかった。
むしろわかりにくいその中にこそ垣間見える自分への気持ちみたいなものが堪らなく愛しい。
そして自分はそんな横山の愛情に守られてすらいる。
村上は照れ屋で不器用故に上手く伝えられない横山のそんな気持ちを常に信じている。
だからこそ愛されている自信を持っている。
そしてその上にこんなことまでされては・・・村上としては、もはやどこまでしてしまうか判らなくて、小さく苦笑した。
きっと普段くらいでちょうどいいのだ。
こっちが好きだと一言言えば、うるさいと照れ混じりの悪態で返ってくるくらいが。
それがここまでされてしまっては、村上は自身の枷を自ら外してしまうだろう。
それは理性という名の強固な枷。
奥底に抱えた強すぎる執着を抑えているくらいでちょうどいいのに。
そんなことをされたら村上はそれを喜んで解放してしまう。

「ヨコ」
「ん・・・?」
「今日は俺のプレゼントやねんな?」
「ん?ん・・・せやなぁ」

それがなんだ、と不思議そうに瞬く色素の薄い瞳。
上から覆い被さるようにして髪を撫で、薄金茶のそれを彩る銀色の蝶を外し、手にとったそれに小さくくちづける。
そしてそのままベッドの端にそれを追いやると、代わりにそのスリットから伸びた白い太股を下から撫で上げるようにしてゆっくり触れていく。

「ん、くすぐったいわ・・・」

その感触に細く息を吐いて窺ってくる様に笑いかけ、ゆっくりと唇を触れ合わせる。
すると瞳がそっと閉じられてそのまま身を委ねる。
村上は、撫で上げた太股、そこに触れたリボンの感触に手を止めて、その端を指先で摘む。

「プレゼントやもんな・・・大事にせんとあかんよなぁ」

すばるにもメールでそう言われたこと。
それはプレゼントだから大事にしろという意味合いと。
そしてきっと、村上のその行動をあらかじめ読んでのことでもあったんだろう。
理性の枷を自ら外してしまった村上に、せめて最後のラインは守れと、まるでそう言うように。
けれどその言葉に、横山は閉じていた目をゆっくりと開けて、笑った。
仕方なさそうに、まるで許すように。

「ええわ、もう。・・・どうせ、元からおまえの、なんやろ?」

その言葉に村上はふっと笑んでくちづけると、指先でつまんだリボンをしゅるりと解いた。










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