夜明け前
『クローディオ、父の最後の願いを聞いてくれるか?』
それはまだ幸福しか知らなかった、幼き日の想い出。
豪奢で華やかな宮殿全てが自分の遊び場であり、向けられる眼差し全てが暖かく愛に満ちあふれていた頃。
自分の目の前には輝ける明るい道がずっと続いているのだと訳もなく信じていた。
厳しいけれど誰より尊敬する父と、優しく慈愛に溢れた母と、そして生まれたばかりの可愛い妹と、そして家臣達、国民達。
自分を取り巻く全ての人間が自分を愛してくれているのだと何の疑いもなかった。
良い人間もいれば悪い人間もいる、そんな事実は自分に勉強を教えた家庭教師や読み漁った書物等から知識としては得ていたけれども、ただそれだけで。
大きな城と優しく愛情深い人々の中で、いわば温室で育った幼く善良な心には実感としてなど判るはずもなかった。
『父上・・・どこかいたいのですか・・・?』
『いや、もう痛みなどはほとんどない。むしろもう随分と楽になってしまったな・・・』
『でも・・・』
『クローディオ。アセンズの王子たる者が何という顔をしている』
その毅然とした言葉とは裏腹に穏やかに笑う父の顔は真っ青で、そこには最早生気というものが感じられなかった。
それはまさしく死期の迫った人間の顔そのものだった。
けれど幼いクローディオには死というものは単なる知識的な概念でしかなく、身近な人間に訪れるという実感がまるでなかったのだ。
だから痛みはないという父の言葉に少し安堵しつつも、やはり見慣れないその弱った様子に安堵以上の不安を覚えずにはいられなかった。
けれどそれでも誰より尊敬する偉大なる父王が今自分に何かを伝えようとしている、それだけは幼心にも理解していて。
クローディオは豪奢な天蓋付きのベッドに横たわる父の元に寄り添い、その力ない声に必死に耳を傾けた。
『私は、弱い人間だった・・・』
『え・・・?』
『弱くて、愚かな、人間だったのだ・・・』
『父上?なにをおっしゃっているのですか?』
弱い?愚か?
幼いクローディオにはまるで理解できなかった。
そんな言葉は偉大なる父王にはまるで不似合いなもの。
このアセンズにかつてない程の繁栄と発展をもたらしたこの王はいずれは歴史にその名を残すことになるだろう。
誰もが称える父王の偉業、それは幼いクローディオとて時折お忍びで訪れた華やかな城下町やそこに住む人々の笑顔から知っていた。
それを成し遂げた父をして、一体何が弱いと、愚かだと言うのだろう?
『信じ切ってくれていたのに、信じ切ることが、出来なかった・・・』
聡き王は自分が何の前置きもなしに呟く言葉を、幼い息子が到底理解出来ていないことをその表情から読み取っていた。
けれど父王にはそれら全てを伝えきる時間も力も最早残されてはいなかったのだ。
『人間とは儚い生き物だ・・・そして愚かな生き物・・・。それは嫉妬だったのかも、しれない・・・』
『父上・・・っ?』
喉がひゅうひゅうと音を立てる。
もう声を出すことさえも辛くなってきた。
それを敏感に感じ取って咄嗟に立ち上がり人を呼びに行こうとする息子をなんとか引き留め、父王はその小さな手を弱々しく握った。
そこから全てを伝えられたら、そんな風に。
『クローディオ、クローディオ・・・』
『はい、はい父上、ここにおります』
『クローディオ・・・このアセンズの次代の王よ・・・。どうかこの愚かなる王の懺悔を聞き入れ、代わりに償って欲しい・・・』
『つぐない・・・?』
次代の王、その言葉にクローディオはぐっと唇を噛み締める。
今にも閉じてしまいそうな父の目、そして弱々しい手の力に泣きそうになるけれど、それらを全て押さえ込んで。
ただこのアセンズという一国を負うべき次代の王としてただ目を強く見開き、自分を奮い立たせる。
幼いながらもそこに確かに見える王たる輝きを秘めた瞳に、父王は少しだけ安堵した様子で息を吐き出す。
きっとこの息子ならばやってくれる。
きっと自分みたいに間違えることはないだろう。
『・・・・・・ス、を、』
『え?父上、もういちど・・・』
上手く聞き取れなかった。
こぼれ落ちた言葉を今一度拾い上げようと耳を近づけるクローディオに、父王は一つひゅっと息を吸い込んで続ける。
『いや・・・今は、エミリア、か・・・』
『エミリア・・・?エミリアとは、マーガレットの乳母の、あのエミリアのことですか?』
『そう、エミリアだ・・・今はエミリア・・・あの孤独な夜の月のように美しき・・・』
『父上・・・?』
エミリアなら知っている。
当たり前だ。
それはまだ生まれたばかりの妹、マーガレットの世話をする乳母のことだ。
確かマーガレットが生まれるにあたって召し抱えられたと聞いている。
彼女はどこぞの異国の出身らしく見事な銀髪をしているけれど、何故だかいつも分厚いヴェールを被っていてまともにそれを見れることはほとんどなかった。
それでも時折覗いたその美しい髪と、そしてそれ以上に美しい容貌はクローディオの幼い瞳にも鮮烈に焼き付いたものだ。
母である王妃もまたとても美しい女性だったけれども、それとは全くタイプが違った。
何処か冷たささえ感じさせるその美貌は確かに今思えば、父が言ったようにまるで宵闇にぽっかりと浮かぶ月のようだったかもしれない。
ただマーガレットが生まれた頃から病床に伏せっていた父がエミリアと謁見したことは未だなかったはずだ。
それとも自分の知らない所で顔を合わせたのだろうか?
・・・それにしても何故今エミリアの名前が?
クローディオには唐突に上がったその名前の意味がやはり理解出来なかったけれど、最早言葉を挟み込むことすらも予断を許さぬ状況の中でそれ以上を問うことは出来なかった。
父王は最早意識を半分遠い世界へ旅立たせてしまったように独白めいた言葉を紡ぐ。
『私は裏切った・・・もう二度と許されはしないだろう・・・。最早死を持ってしても償うことは叶わぬ・・・。
だから、どうか、どうかクローディオ・・・』
『父上っ・・・』
最後の力すらも抜け落ちて滑り落ちそうになる父王の手を、クローディオは小さな手で何とか必死に留めようとする。
『本当は何よりも澄んでいたというのに・・・私の裏切りが変えてしまった・・・。いまさら、知った・・・。
あの絶望と憎しみに彩られた仮面を、どうか、剥がしてやってくれ・・・。元の澄んだ月に戻してやってくれ・・・頼む・・・』
『ちち、うえ・・・それは、』
判らない。やはりクローディオには理解出来ない。
父が何を言おうとしているのか判らない。
けれど今父王は確かに自分に何かを託そうとしている。
「償い」だと言った。
クローディオはそれが父の最後の言葉だということを半ば無意識に感じ取りながらも、頭の奥ではぼんやりと考えていた。
この偉大なる父王は、偉大が故に天にすら手が届いてしまったのか。
そして何より孤高で美しき月にすら手で触れて。
その月は、・・・どうなったと?
『父の最後の願いだ、クローディオ。最早お前に託すことしか出来ぬ愚かな父を許してくれ・・・。
お前がいずれ成長し・・・・・・その過程で恐らくは酷く困難な道を歩むだろうけれども・・・だがそれでもいつしかお前はその漆黒の髪に金の冠を戴くことになるであろう・・・その時は、』
金の王冠。
そこに掘り刻まれているのはアセンズの象徴である、太陽の紋章。
代々アセンズの王族はその民からは太陽として崇められてきた。
『お前のその穢れなき強い光で、曇ってしまった月を元に戻してやってくれ・・・。そして救ってやってくれ、あの哀しき銀色の妖精を・・・』
『はい・・・はい、父上・・・かならずや・・・』
クローディオは判らなかったけれども頷いた。
それは父王の最後の言葉だったからだ。
偉大なるアセンズの王の最期はあっけなかった。
そして幼きクローディオが確かに胸に刻んだ父王との約束は、けれどクローディオに後に降りかかることになる苦難の人生の前では容易く埋もれてしまう程の儚きものでもあって。
確かに人間とは弱く愚かなものなのだ、と妙に納得したように後のクローディオは思う。
ただ、落ちることはあっても堕ちることのなかった太陽は再び上ってくる。
ギルデンスターンはそうして遠い昔を思い出していた。
十年ぶりに帰ってきた故郷、そして今まさに取り戻した自分の本当の名前。
「クローディオ様・・・?」
呆然とした顔で自分の本当の名を呼ぶのは、マーガレット姫付きの近衛兵シートンだ。
国を追われる前はよく共に剣術を磨き合ったものだった。
王子という自分の身分に萎縮することなく対等に、けれど常に最大の敬意を持って付き合ってくれた数少ない友人だと言ってもいい。
「あなたが、クローディオ様・・・っ」
驚いたように慌てて片膝をつくのは戻ってきてから知った顔。
姫と恋仲だという一兵士のアルバニー。
まだ若く凛々しく暗い影など知らぬその表情はクローディオには既に懐かしい代物だった。
「クローディオ?なに、この人お兄さんなんかっ?」
「えっえっ?マーガレット様のお兄さんなんっ?なんでぇ?」
目の前に起きた出来事に全くついていけていないといった様子の、風変わりな格好の男女。
どうやら森の妖精達の悪戯でこちらに引っ張り込まれてしまったらしい500年後の世界の恋人達。
けれど現実から逃げてきた、という意味では全くの他人という気もしない。
「クローディオ様・・・クローディオお兄様・・・!」
大きな瞳を潤ませて小さく震える妹姫。
クローディオが国を追われた時はまだ幼かった。
それがもうすっかり美しい女性に成長していた。
否が応でも突きつけられる残酷な時の流れに息を吐き出しながらも、クローディオは付け髭もとり、まさに仮面を脱ぎ捨てた自分自身にただ純粋な開放感を感じていた。
逃げ続けた現実から戻ってきた、それがただ実感出来た。
「・・・ただいま、マーガレット。今まで一人にしてすまなかった」
「お兄様っ!・・・必ずお帰りになられると、信じておりました。お待ち申し上げておりました・・・!」
マーガレットが涙ながらにそう言って片膝をつき、深々と頭を垂れる。
それにシートンとアルバニーも付き従う。
直樹と桃は何のことなのかと未だ目を白黒させている。
・・・そしてその場にこっそりといたコンフィティとエルフィンも、もう既に死んでしまったのだろうと思っていた第一王位継承者であるクローディオ王子の帰還に驚き、顔を見合わせていた。
「私は戻ってきた。我がアセンズに。我が祖国に。奪われた光を取り戻すために。・・・そして、その光で遠き日の約束を果たすために」
最期に呟かれた言葉はその場にいる誰にも判らなかった。
けれどそれでよかった。
クローディオは戻ってきた。
多くの苦しみと絶望を知った果てに、それでも堕ちることなく戻ってきた。
それは自分の国を取り戻すこと、そしてそれを奪ったあの冷たい月に再び相まみえること、その野望を打ち砕くこと、・・・そしてその仮面を剥がすこと。
実はそこには様々な理由が混ざり合い絡み合い、正直クローディオにも掴みきれない感情の波となって心深く渦巻いていた。
一時は忘れてさえいたあの時の父王の言葉は未だに理解出来ていない部分がある。
けれどそれもまたこれから知れることだろう。
クローディオはここに戻ってくるまでに、目的を達成するため一人綿密な計画を練った。
その知略を後に人々が聞けばさすがはアセンズの王子と褒め称えるであろうそれは、けれど皮肉なことに幸福な王子のままであったならば決して身に付かなかったであろう、地面に這い蹲って生きな
がらえたことによって得たものだった。
そうしてギルデンスターンという名でエミリアとアントーニオを注意深く探りながら機を狙い、チャンスはようやく訪れたのだ。
昨日マーガレット姫を森で発見しながらも取り戻せなかった公爵は多くの兵士を動員して森に向かわせていた。
今なら城の警備はかなり手薄だと言っていい。
攻めるなら今しかない。
クローディオは国を追われて以来愛用してきた、それがなければ到底生きて来れなかった相棒とも言うべき長剣の重みを改めて掌で確かめながら、じっと木々の向こうを見据える。
そこにはかつて自分がただ幸せを甘受していた太陽の宮殿があり、今はただ冷たい月が支配する哀しき楼閣だった。
今からそこに行って全てを暴く。
そこにどんな真実があり、そしてそれによって何が起きるのかはクローディオ自身にも判らなかった。
ただ言えるのは、今のクローディオの中に渦巻くものは、憎しみを越えた揺るがぬ決意と、自らの手に再び大事なものを取り戻そうとする強き意志と・・・けれどそれだけではなくて。
かつて自分を地の底に落とし、そこに信じてきた幸せ全てを奪ったあの冷たい美貌が、今再び現れた自分の正体を知ってどんな顔をするのか。
ただそれを想像して妙に胸を騒がせる理解しがたい感情。
それはあの遠く幼い日に死の間際の父王から受け継いだ代物なのか、それとも・・・。
「・・・父上?」
アントーニオは窺うようにしてそっと父の顔を覗き込んだ。
いや、今は母だろう。
その姿は豪奢なドレスとヴェールに包まれているのだから。
けれどアントーニオは敢えて父と呼んだ。
間違えたわけではない。
それはクインスが今エミリアとしてそこにいるにも関わらず、確かにクインスでしか見せない表情を自分に向けていたからだ。
いつも隙なく身を包んだドレスを無防備に着崩して白い肌を惜しげもなく晒し、ベッドにしどけなく横たわっている。
アントーニオはその手をぎゅっと掴まれてその場から身動きがとれなかった。
いや、力で言えばほとんど入っていないそれだったから動くことなど実際には容易かったのだけれども。
既に時間は真夜中とは言え、アントーニオにはすることがまだ沢山残っている。
むしろ、あれだけの兵を動員したというのに未だマーガレット姫を連れ戻してくる気配のないこの現状なのだから、これから自ら兵達を指揮して出向かなければならないくらいなのだ。
そんなことはクインスにはよく判っているだろうに。
出立の用意をするアントーニオを無言で引き留めたクインスは、そのまま何も言わずに息子をベッドに引っ張り込んだ。
けれどそれ以上何をするわけでもなく。
ただその手を握って息子の顔を見つめるだけだ。
「父上・・・如何なさいましたか?お身体の具合でも悪いのですか?」
「・・・いや?」
「ならば一体、」
「アントーニオ」
「・・・なんでしょうか、父上」
今日の父は何処か様子がおかしい。
けれどそれ以上のことは全く判らない。
アントーニオは内心苛立ちを隠せなかった。
自分にとって絶対的な父は常に自分を理解してくれるけれども、その逆は成り立たなかった。
いくら成長してどんな技術や知識を身につけ、その役に立とうとしても。
いくらその身体を抱いてその全てを知り尽くそうとも。
父の心を、そこに抱えた何かを・・・そこに癒えることなき深い傷口が見えること以外、ほとんど理解することは出来なかった。
柔らかなベッドの上で緩慢に上体を起こし、クインスは息子の首の後ろに手を廻しながらその顔をゆっくりと近づけて囁くように言う。
「アントーニオ、人は裏切るものだ。判るな?」
「はい。人の心など弱きもの。いくら強固な意志も、欲望にエサをちらつかせてやるか弱味を突くかすれば容易く崩れるものです」
「・・・そうだ。お前にはそう教えてきたな」
クインスの言葉はいつだってアントーニオには甘く響いた。
今だってそうだ。
けれどどうしてだろう、今アントーニオを緩く引き寄せるクインスの手は力なく、その言葉もまた随分と弱く聞こえるのだ。
「では、お前もか?」
「え?」
「お前も、いつか私を裏切るか・・・?」
「な、何を・・・何を仰るのですか、父上・・・っ」
アントーニオが信じられないような顔で頭を振るのに、クインスは自嘲気味に笑うと疲れたように目を閉じる。
そうだ。
このアントーニオが、息子が自分を裏切るわけがない。
そんなことは判っている。
今日の自分はおかしい、とクインスは自分でも判っていた。
今更こんな感傷的な気分になるなんてどうかしている。
本当に、今更過ぎる。
昨日森になど行かなければよかった。
久方ぶりに訪れたあの森の声はこう言ったのだ。
お前がかつて落とした太陽は、もうすぐそこまで昇ってきている、と。
恒久の時を見聞きしてきたあの森の言うことはいつだって思わせぶりで鬱陶しい、そんなことは判っていたことだけれども。
とうに捨て去ったと思っていたものの声にこうして今更惑わされる自分とて、所詮は運命からは逃れられない哀れなる命の一つでしかないのかもしれない。
弱くなったものだ、とクインスはおかしく思う。
あの手に裏切られて以来、自分はもう何も信じないと、ただ恨みと復讐とで心を暗く冷たく研ぎ澄まして一人強くあるのだと、そう思って生きてきたはずだった。
けれど現実には、暗く冷たいものに蝕まれた心はむしろ以前よりも孤独に敏感で、だからこそ最早自分にとって唯一である息子の温もりを求めた。
「・・・父上、私はあなたを裏切らない。私だけは、絶対に」
「アントーニオ・・・」
そっと顔を上げようとしたクインスの身体がしっかりとした両腕にきつく抱き竦められる。
その強い力に微かな安堵を得られる。
けれど逆に今度は離せなくなってしまう。
クインスはまた内心自嘲する。
自分しかいないくらい依存させてきたつもりだった息子に、いつのまにか自分がどうしようもないくらいに依存していた。
もう本当は立っていることすら出来ないのだ。
信じていたあの手に裏切られた瞬間から、クインスはもう一人で立つことなど出来なくなっていたのだ。
「絶対に裏切らない。いつまでもあなたの傍にいる。あなただけを守り続ける。父上、私を信じて下さい」
何より強い力で自分を抱きしめ、そうして自分の望むがままの言葉をくれるこの息子の、何と理想通りに育ってくれたことだろう。
冷え切らせてきたはずの心はいつのまにかその温もりで暖まってしまっていたのだとぼんやり思う。
もしかしたらそれがいけなかったのもしれない。
愛、なんて。
そんな感情は人を狂わせる。
それはあの時に思い知ったはずだったのに。
けれど後悔はしていない。
少なくともアントーニオがいなければ自分はきっともう絶望の中で息絶えていたことだろうから。
今はせめてただその温もりで、何とか震える脚を叱咤して、仮に終焉が迫り来るとしてもなお復讐の刃で抗ってみせよう。
その刃は最早ボロボロだったけれども。
クインスはうっすらと目を細めると自分を抱きしめるその両腕に頬をすり寄せる。
もしかしたら、もうすぐそれを手放さなければならなくなるかもしれないから。
「・・・クインス、だ。今はクインスと呼べ」
「それは・・・しかし、父上、」
「何度も言わせるな・・・」
「・・・はい、・・・クインス」
そう耳元で囁くアントーニオの唇が、耳朶から首筋に熱を伝えるように滑り落ちてクインスを宥める。
より強く力を込めたその手はサラサラと流れる銀色の髪を掠めて、揺らす。
まるで太陽の昇る夜明け前、最後に儚く輝くその月を掻き抱くように。
そして間もなく、夜は明ける。
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(2005.9.1)
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