青春アワー 3










「よーしよしよしよし!だいじょぶやで亮ちゃん!」
「・・・なにがなんですか」

やたらと高いトーンと高いテンションを載せた声が俺の耳にキンキンと刺さるように響く。

「だいじょぶだいじょぶよしよしよしよし」
「っ、撫でんなっ!」

その白くて綺麗な手がまるで犬か猫にするみたいに俺の頭をガシガシと撫でてくる。

「ええこええこ、おまえはええこやからな。俺ちゃんと知ってるからな!」
「なんやねんアンタ!」

まるで親か何かみたいな言い草でうんうんと盛んに頷く姿はいっそ鬱陶しい。

「他の誰がどう言おうと、俺だけはお前を心ない声から守ったるからな!」
「きみくん・・・」

傍目からすれば思わず感動してしまうようなその熱いセリフにうっかりキュンとしたりもするけれど。

「だから気にすることないで!・・・教師モンくらい誰だって見る!!」
「・・・・・・」

すぐさま容赦ない現実に引き戻されて、俺はがっくりと肩を落とすしかなかった。


好きな人に自分の見ているAVを知られる、なんて。
いくらなんでもきつすぎるシチュエーションだと思う。
もちろん一般的なそれに比べれば、相手はあくまでも自分と同じ男なわけで、そこら辺の理解は異性よりもかなり得られるのは事実だ。
実際横山くんだって何も引いているわけではないし、最初は驚いたみたいだったけど、むしろ今は俺の嗜好が知れて妙に嬉しそうだ。
・・・まぁ、どうせこの人のことだし、可愛い弟分の好みが知れて嬉しいという程度の話なんだろうけども。
でもそうは言っても、自分としてはやはりショックでいたたまれないことに変わりはないわけで。
何がショックって・・・実際見といてなんやけど、なんや教師モンなんてめっちゃ思春期の中坊みたいやんけー!
なんかもうあからさまに年上の色っぽいお姉さんが好きー、みたいな。
そういう中坊くさい感じに見られんのがごっつ嫌。
そして何よりその映像を、その年上の色っぽいお姉さんを通して本当は一体誰を見ているのか、なんて。
気づかれたらそれこそ死にたい思いだ。
しかも最悪なことに、今回見られたそれのタイトルが・・・。

「この女優さんが『ゆうセンセ』なん〜?」

俺が肩を落として悶々と考えている間にも、横山くんはもはやミスチルを見ることも忘れているような勢いで、いつの間にやらそのAVのパッケージを探し当ててしげしげと眺めていた。
しかしもはやそれを取り上げる気にもならない。
横山くんが眺めるそのパッケージには、先ほどちらっと映し出された女優さんが教壇の上に大胆に脚を組んでいる姿が載っていた。

「色っぽいお姉さんやなぁ。亮ちゃんはこういうのが好きなんか」
「・・・もうほっといてくださいよ」
「えーやんえーやん。楽しいやん」
「・・・・・・」

なんも楽しいことなんぞあらへんわ!
あんたなぁ、その女教師通して自分で妄想されてそんでヌかれてんの知ってもそんなん言えんのか!

「・・・・・・あ、そ」

・・・なんて、言えるはずもないので心の中でだけ。
見られたことはもちろんのこと、そんな自分があんまりにも情けなくてますます死にたくなる。

とりあえず、このあんまりな空気をなんとか払拭したくて。
今回の本当のお目当てであるところのミスチルのDVDを引っ張り出してくる。

「ねぇ横山くん、ミスチルありましたよ。見ましょ」

どうせこんなん単なる興味でしかないわけで、お目当ての桜井さんを見せれば一発で忘れてくれるだろう。
けれどそんな俺の読みは甘いと言わざるを得なかった。
このいくら知ってもなお理解できない特異な人間は、いつだって俺の予想の斜め上を行くのだ。

「やや」
「・・・は?」
「いやや」
「なにがなんです」
「あ、いやっちゅーわけやないけど。もうええわ、とりあえず」
「は!?」
「ミスチルはええから、これ見よ、これ」
「はぁ!?」

ええ加減何言い出すねんこの人!
あほか!あほやろ!あほや!!
俺の目の前でその白い手が例の、あの「ゆうセンセ」がでかでかと載ったパッケージをひょいひょいと振ってみせながら随分楽しげに笑う。
普段から突拍子もない人ではあるが、まさかここまで酷いだなんて。
唖然としている俺を後目に、横山くんは俺の同意なんて関係なしに再びプレイヤーのリモコンを手に取った。

「ちょ、横山くんっ!何してんねん!」
「なにて。せやから見よーって」
「俺は嫌やで!」
「なんでやねん」
「なんでもくそもあるか!めちゃくちゃやなこのオッサン!」
「オッサンゆーなや!」
「そんなもん嬉々として見るようなんはオッサンや!」
「あーほ!こんなんオッサンは見ぃひんわ。むしろこういうんを見るんは若いヤツやで」
「・・・・・・」

しまった。さりげなく墓穴を掘った。
急に黙り込む俺を見て、横山くんはなにやらニヤっと笑うと俺の顔をじっと覗き込んできて囁くように言ってみせた。

「・・・亮ちゃんはまだまだ若いなぁ?」
「うっさいんじゃオッサン!」
「うーわまた言うた。傷つくわぁ〜」
「だいたいなぁ、人んち来てAVてなんやねん!」
「やって錦戸がなに見てるか気になってんもん」
「あほか!あんたミスチル見にきたんちゃうんか!」
「・・・さー、見よ、見よ」

俺の言葉なんてあっさりスルーして、ついでに顔までさっさと逸らして、その白い指先が無常にもリモコンの再生ボタンを押してしまった。
そうして映し出されるのはさっきの続き。
やたらと胸とお尻がでかくて妖艶な空気を醸し出す「ゆうセンセ」が、一人の生徒を相手にプライベートレッスン中だ。

「ちょお横山くんっ!」
「おーすげえー。ほんま胸でっかいな!」
「人の話聞けや!」
「お、おお・・・おおお〜」
「なんやねん!」

このオッサンほんまうっといな!
ちょっとほんまに興奮すんなや!
このおっぱい星人が!
俺にとってみればコレ、イコールあんたやねんぞ!
・・・なんて、当然言えるはずもないので俺はわなわなするだけ。
横山くんは感嘆した様子で画面を眺めては、俺の隣にぴったりと寄ってきて耳元でこしょこしょと耳打ちするように言う。
ちょ、近い!近いねん!
なんでこんな二人っきりでそない寄る必要あんねんあほか!

「横山くっ・・・」
「ほらほら、見てみ、亮ちゃん。あの立派なプリンさんで挟むみたいやで?」
「え、な、」
「あ、でもお前はもう見慣れとるか〜」

俺の肩をまるで手すりか何かみたいにその手を置いて凭れかかり、楽しげに笑う。
その笑顔はAVを見ているとは思えないくらいに妙に幼くて、本当に判ってんのかこの人、と若干疑いたくなる。
しかもめっちゃ重いし。近いし。・・・近いし!
近すぎて、この人の香水の匂いとかモロに感じる。
それがこの映し出された画像を見ていた自分が妄想したものと相違なくて、むしろよりリアルで、色々な意味で「まずい」という意識がむくむくと鎌首をもたげてくる。

「うわ、ほんまにやった・・・」

またしても感嘆したような呟きの先には、例の「ゆうセンセ」がその豊満な胸を露わにして、男子生徒のモノをその谷間に挟み込んだかと思うとまるで猫のように舌先で舐める様が映し出されていた。
その表情の妖艶さが言いようもなくて、そういえばそれを見て一体何回・・・・・・いやいやいや。
アホな回想を振り切るように頭を振ったら、すぐ傍にあったその白い横顔をうっかり間近で見てしまった。
思わず息を呑む。
けれど横山くんは気づかなかったのか、ひたすらに画面を食い入るように見ているからこちらは向かない。
でもそうすると逆にその横顔の、自然と尖ったように見えてしまう薄く開いた唇が、俺の視線を釘付けて離さなくなってしまった。

男にしては不自然な程に赤くぽってりしたそれ。
それが画面向こうの光景のように、薄く開いたそこからちろりと舌を垣間見せてまるで猫のようにおずおずと舐めてくれたら、どんなにかいいだろう。
それはどんなにか気持ちのいいことだろう。
そうしたらその白い顔はどんな表情を見せるのだろう。
あの画面向こうのように妖艶な?
それとも逆に何も知らないみたいに無垢な?
どんな?一体どんな?

ああ、やばい。
喉が渇いて仕方がない。

「・・・錦戸?」

その白い横顔がついにはこっちを向いた。
少しだけ怪訝そうな声音を伴って。
けれど俺の顔をまじまじと見てから、何やらそれが苦笑して、幼げに小首を傾げて、かと思えば薄く微笑した。
・・・なぁ、どれがあんたのほんとの顔?

「興奮すんなよ、あほ」

普段にはない低めのトーンでそう囁いたかと思うと、その白い手がこちらに伸びてきて、トン、と俺の胸を押した。
俺は何か魔法にかかってしまったみたいに容易く床に倒されてしまって、ただ硬直したように身動きもとれず、ただ目を瞬かせて見上げた。
さっきとはまるで逆の体勢。
そう、何故か上から覆いかぶさるように見下ろしてくるその切れ長の瞳を、俺はじっと見上げた。

「・・・教えたろか?亮ちゃん」

何を?と訊くことすらできなかった。
喉が渇いて仕方がなくて。
思考すら麻痺してしまったように上手く働かなくて。
ただきっと、この渇きを潤してくれるのがその白い手であることだけは判ったから。
やんわりと俺の髪を撫でてきたそれを力に任せて掴んだ。
その瞬間、何故か横山くんは一瞬だけ、とても悲しそうな顔をした。
けれどそれもすぐさま消えて、残ったのは薄く笑う顔だけ。

「俺も一応、ゆうセンセやからな?」










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(2006.6.1)






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