14.あなたの手










「・・・おとんみたいや」

撮影の合間の休憩時間、裕はまじまじと村上の手を眺めていた。
そしてついにはぽつりと呟かれたその言葉に、視線には気付きながらもそのままにさせておいた村上はようやくと言った体でそちらを向くと、顔を覗き込むようにして訊ねる。

「ん?なにが?」
「あんたの手」
「あ、そうなん?」

村上が改めて自分の手をじっと見ていると、裕はこくんと頷いて懐かしそうに目を細める。

「あんな、おとんの手もおっきくてごつくてな、力持ちやってん」
「そうなんや」
「・・・あ、でもあんた力持ち?」
「んー、そこそこはあると思うで。カメラマンて意外と体力勝負みたいなとこあるしな。カメラて重いねん」

しかもそのカメラに加えて、村上はその他の機材も全て自分で運んでいる。
アシスタントやスタッフをつけようとしないからだ。
それを考えれば、確かにその大きな手だけでなく鍛えられた二の腕や腹筋も理解できる気がした。

切れ長の瞳がぱちぱちと瞬きながらひたすらに自分の手を見つめているのに、村上は小さく表情だけで笑うとその手をそっと目の前に差し出してみせた。
まるで童話の王子様がお姫様にするみたいに。
それにきょとんとして更に目を瞬かせる様に、小首を傾げて顔を覗き込む。

「見てるばっかじゃあれやろ?触ってもええで?」
「・・・なんやその理屈。誰も言うてへん」
「まぁまぁ。ほんまにお父さんと一緒かどうか触ってみればええやん、て」

やっぱり意味が判らない。
けれども、裕は唇を尖らせながらも結局言われた通りおずおずと差し出された手をとった。
最初に右手で掴み、掴みきれなかった部分を左手で支えるようにして触れる。
元々の骨格の問題なのだろう、しっかりとした造りのそれは所々マメが硬くなっている部分もある。
これが仕事をする男の手というものなのかもしれない。
裕はまじまじと確かめるように両方の掌で触れながら思う。
まるで小さな子供がするみたいな触り方を微笑まし気に見つめながら、村上はもう一度顔を覗き込んでみる。

「・・・どう?」
「・・・ようわからん」
「あら」
「よう思い出せん」
「・・・そか」

もう触れることの叶わぬ手は既にその想い出の中にしかない。
けれども思い出そうとしたそれすらも、既におぼろげで。
裕は少しだけそれが悲しかった。
ただじっとその浅黒い手を見つめ、少しだけ両手の力を込めてみる。
けれどそうしたらその手がおもむろに自分の右手を握りかえしてきたから、はたと顔を上げた。
そこには変わらず穏やかに笑う顔。
裕の行動の意味などお見通しみたいな。

「まぁ俺はまだまだ若いつもりやから」
「・・・なんやそれ」
「さすがにおとんはな、実はちょおショックやったりすんねんて」
「おっさんやのに」
「おっさんやけど俺まだ24やねん」
「もう24やんか」
「そこはお願いやからまだ、て言うてや」

おどけるように言いながら握られた手は強く温かい。
そして妙に胸を締め付ける。
裕はもう父の手を思い出すことはできなかったけれども、もしも仮に思い出せたとしても、それは同じではなかったかもしれない。

「せやから俺は裕ちゃんのお父さんとはたぶん、ちゃうと思うで」

そう言って笑う顔をちらりと見て、すぐに逸らして。
再び自分からも少しだけ力を込めてみる。

確かにそうかもしれない。
父の手を握ってこんな気持ちにはならなかったはずだ。
甘いような苦しいような切ないような、こんな気持ちには。










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