16.目覚めさせないで










夢と現の狭間で身体と心がふわふわと漂っているような感覚。
静かに走る車の振動を心地良く感じながら、裕は助手席のシートに身体を預けて眠っていた。
とは言えそれは極々浅い眠りだったので意識は完全には沈んでおらず、時折ふわりふわりと外界の気配は感じるのだ。
たとえば信号待ちで止まっていた車が再び動き出す瞬間とか、曲がる時にウインカーを出す機械的な音とか。
けれど車内のちょうどいい温度、そして妙に安心する雰囲気、抗いようのない眠気に裕はそのまま起きることもなく微睡んでいた。

そんな裕の隣では村上が無言でハンドルを握っている。
裕は目を閉じているし意識もおぼろげだからよく判らないけれど。
いつも車に乗る時は音楽が必須だと言っていたのを思い出してみれば、恐らくは自分に気を遣ってくれているのだろうと裕には判った。
でもなんとなく起きたくなかった。
それはただ単純に、今のこの感覚がひどく心地良いから。
何故だろうとぼんやり思ったけれど、緩慢な動きしかしていない今の頭ではよく判らない。

今日の仕事は午後からの撮影二本だった。
その二本目が村上との仕事。
一本目が機材のトラブルから押してしまったため、二本目の仕事に入れたのは結局陽も落ちてからで。
そうして終わる頃には既に終電もないような時間になってしまっていた。
その上ちょうど今日はマネージャーの丸山も別件で最後まで裕の元にいることができず、代わりに村上がどうせだからと裕をこうして車で送ってくれることになったのだが。

事務所を上げての売り込みの成果なのか、最近の裕は随分と忙しくて撮影も毎日のようにある。
その疲れが出たのか、車に乗って暫くすると堪えきれず眠ってしまった裕を村上は何も言わずにそのままにしてやっていた。
目を閉じている裕にはやはり村上がどんな表情をしているのか、どう思っているのかなんて判らないのだけれども。
ずっと前を見て気にもせず運転しているのか、それとも時折自分を気にしてくれていたりするのか。
夢と現の狭間でゆらゆら揺らめく身体と心はなんだかいつも以上にそんなことばかりに意識が行く。
心地良い眠気ともやもやした感情が混ざり合う。

けれどそれからどのくらい経っただろうか。
車がゆっくりと停まった。
信号待ちかと思ったけれども、エンジンの振動音が落ちたことからすると、恐らく家に着いたんだろう。
それを感じて裕の意識はゆっくりと上がっていくけれども、目は未だ開かなかった。

「・・・裕ちゃん?着いたで?」

隣からやんわりと優しくかけられる声。
けれども裕は目を開けない。
まだ眠かったし、この心地良い眠りから起きたくなかった。
外はきっと寒いだろうし。
この暖かで居心地のよい空気から出たくなかった。
ただそれだけのこと。
そうは思いつつ裕は未だ起きあがろうとしない。
すると隣からは少しだけ苦笑したような雰囲気。

「裕ちゃん?起きひんとおうち帰れへんで?」

もうめんどくさい。
声にはもちろん出さなかった。
こんなことをしていてもしょうがないとは判ってるのだけれども。
何故だろうとは思いつつやはり頭はよく動かなかった。

「ゆーう、ちゃん。・・・起きひんの?」

ただ、なんとなく。
もうちょっとだけ、なんて。
思っただけのこと。

「・・・・・・あかんなぁ」

困ったみたいなその声。
確かに困るだろう。
もう時間も時間で、早いとこ裕を家に届けて、そして自分だって帰らなければならないのだから。
確か明日の仕事も早いと聞いていた。
それを思い出したから、裕はもうそろそろ、とそう思って目を開けようとしたけれども。

「起きひんと・・・このまんま、連れて帰ってまうで?」

頬に触れた指の感触。
優しく触れる、けれど撫でてくるそれは否応なく裕の心を揺さぶった。

そんなんじゃ余計に起きられない。
だって起きたら。
今村上がどんな顔をしているのか。
そして自分がどんな顔をしてしまうのか。

裕はうっすら微かに唇を開き、そうっと小さく小さく、熱い息を吐き出した。










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