ラブライフ 1










「はぁ?嘘だろ?」

滝沢は隣に寝転がる男の顔に唖然とした表情を向けた。

「嘘ちゃうよ。何が嘘やねんな」

それに当然顔で返しては眠そうに欠伸をしてみせては、随分とリラックスした様子の村上。
ここは確かに自分の家で自分の部屋で自分のベッドだというのに、どうしてこいつはここまでくつろげるのか、と滝沢は今更なことを思ってみた。

「なんでここなんだよ」
「ええやんか。手間省けて」
「何がだよ」
「何がって」
「なんで俺んちを待ち合わせ場所にすんだよ」
「ええやんか」
「よくねーよ!」

俺だって眠いのに。
明日はオフだけどそこそこ早いのに。
なんでこんな目が覚めてしまうような声を出させるのかこいつは。
滝沢は何度も欠伸をしては今にも寝そうな友達に若干イライラしつつ枕にばふっと頭を横たえる。
同じ高さになった顔に村上は眠そうながらもにこりと人懐こい笑みを浮かべてみせる。
それがまた営業スマイルそのもので嫌になる。

「何怒ってんの、タキ。男前台無しやで」
「怒ってないけどおかしいだろそれは」
「なんで」
「なんでってそりゃこっちの台詞だから」
「なんでー?」
「だからなんで俺んちを、お前らのデートの待ち合わせ場所にしなきゃなんないんだよ」
「そら簡単やで」

ふあ〜あ。
一際大きな欠伸をしてみせた村上は、むにゃむにゃと目を擦りながら平然と言ってのけた。

「今日俺がタキんち泊まるから。そしたらタキんち待ち合わせでええやーんて」
「よくねえよ」

目を細めてそんなことを言ってやっても、既に村上は目を閉じてしまっていて見えやしない。
話を聞く気もないらしい。

「ええやんええやん、ヨコもタキに会いたいって言うてたしー」
「や、それはいいんだけど・・・いやでも待ち合わせ場所にしなくたってお前、」
「ええなーなんでタキそんな好かれてんのー」
「なんでって・・・」
「めっちゃうらやましいー」
「なんで・・・」
「やってタキの話するとちょっと大人しくなって話きくねんもーん」
「へえ・・・」
「正直妬くわー・・・」
「妬かれても・・・」
「ほんじゃ明日10時にくるからー・・・」
「ああそう・・・・・・じゃねーよ!おいヒナ!」
「・・・・・・」
「寝るの早っ!」

スースーと聞こえてくる寝息には最早ため息しか出なかった。
一発頭でも叩いてやろうかと思うけれど、無駄なので止めておく。

ちょうど今東京にいるからと会ったのはいい。
一緒にご飯を食べたのもいい。
泊めてやったのもいい。
むしろ久しぶりだし嬉しい。
だけれども、何も翌日のデートの待ち合わせにこの家を使うことはないだろう。
全くもってこの社交性のカタマリみたいな関西人のやることはわからない。

「・・・寝よ」

もう一つため息をついてそのまま目を閉じた。
そう、自分だって明日は恋人とデートなのだ。
しかも随分久しぶりの。
最近お互いソロ活動が多かったせいで二人で会うことすらあまりなかった。
とりあえず、自分も明日を楽しみにしよう。
そう思って滝沢は一つ小さく息を吐き出す。
そこから意識がゆっくりと沈んでいくのがわかった。


目覚めはいつもの目覚まし・・・・・・ではなく、妙な息苦しさだった。
なんだか金縛りに遭ったみたいに身体が上手く動かせない。
思わず重い瞼をゆっくりと開けたら、けれどそこには当然のように隣で眠っていた友達の姿が。
そしてその両腕が自分にきつく廻されていたのだった。

「な、え?え?ヒナ?」

思わず呼びかけてみるけれども村上は目覚めない。
眠ったままひたすらに滝沢の身体を抱きしめるようにしがみつくようしている。
まるで抱き枕状態だ。
滝沢は咄嗟に解こうとしたけれども、思う以上に込められた力には容易ではなかった。
思えば昔はあんなに細かったのにいつのまにこんなに鍛えたんだ、と滝沢は眉根を寄せながらぐいぐいと身体を動かす。

「おい、ヒナっ。お前起きろよ」
「んー・・・?」
「起きろって!苦しいし・・・ていうか気持ち悪いから!」
「んー・・・」

いくら友達とはいえ、男が男にベッドの上で抱きつかれるというのは正直いただけない。
そんなのは自分は翼だけで十分だし、村上とて横山がいるだろう。
お互い可愛い恋人がいるんだから、何もこんな不毛なことをしなくても。
けれどそう思っていくら解こうとしても村上の腕は解けない。
滝沢は覚醒してしまった頭にそれでも少しの眠気を持てあましながら、今度は本気で力を込めてその身体を引き剥がそうとする。

「ヒナっ!お前、なんか勘違いしてるだろ?そんなのヨコにやれよっ」
「んー・・・?よこぉ・・・?」
「そうだよヨコだよ。お前の可愛い恋人!」
「んー・・・よこー・・・きみたかー・・・」
「あーそうそう、お前の可愛いきみたかくんね・・・・・・って、おいっやめろってー!」

しまったと思った。
引き剥がすためにと出した村上の恋人の名だったのだけれども。
それはまさに逆効果で。
寝ぼけ眼で聞いた恋人の名は、今抱きしめている人間にそのまま直結されてしまったようだった。
村上はますます強い力で持って滝沢の身体を抱きしめ、あまつさえ髪まで撫で始めたのだ。

「ひーなーっ!やめろって!」
「なんや横山さん照れてんのー?かわええなああーーー・・・」
「照れてねーよ!てか横山じゃないから!離せってーー!」
「かわええかわええーもうきみちゃんチューしてまうでーー・・・」

ついには顔を近づけてくる村上に、滝沢はさすがに身の危険を感じて渾身の力で振り払おうとするけれども。
そこはさすがエイトのフィジカルキャラ村上、それはそう易々と離せない所かどんどん迫ってくるではないか。
いくらなんでも寝ぼけていようが冗談だろうが、恋人以外とそんなことをするつもりは毛頭ない。

「やーめーろー!マジでやめろ!俺には翼がー!」
「ええねんええねん、いやよいやよも好きの内、てな〜・・・昔の人はほんまええこと言うたわ〜・・・」
「アホだろお前!そんなんヨコにも言ってんのか!」
「やってなんだかんだチューするとおとなしなるやーん・・・」
「うそ、なに横山ってそういう感じなんだ・・・意外・・・・・・ってマジやめろよこらふざけんなって、俺は翼以外となんてしないからな!」

本気で近づいてくる唇に、もはや滝沢は絶体絶命とばかりに本気で蹴りを入れそうになる。
けれどもその蹴りが村上の腹に命中する前に、寝室の扉がバタンと開いて、滝沢の動きが止まった。

「つ、翼・・・?」

そこにいたのは少し驚いたような顔で自分達を見ている切れ上がった大きな瞳。
そしてよく見ればそのすぐ後ろには絶句したような顔で自分達を見ている切れ長の瞳。

「横山も・・・」

呆然と呟く滝沢の声。
村上は依然として寝ぼけて滝沢に抱きついている。
横山はやはり依然として呆然としている。
翼は一度ぱちんと目を瞬かせてから、呆れたように半笑いで言った。

「あー、お邪魔しちゃった?」

滝沢はそこで咄嗟にまずいと思って渾身の力で村上を引き剥がして起きあがる。

「ち、違うんだよ翼っ!」
「あー、言い忘れてた。たきざーおはよー」
「あ、お、おはよう!」
「ヒナまだ寝てんの?」
「え?あ、おい、いい加減起きろよ」

混乱する頭を持てあましながら、今引き剥がしたばかりの村上の頭を何度か軽く叩く。
するとようやく村上は目を開けて小さく目を擦りながらゆるゆると身体を起こした。

「ふあああ〜・・・・・・よう寝たわー・・・」
「ヒナおはよー」
「あ、翼くんやん。おはよーさん」
「よく寝てたねー」

そんなことを言いながら笑う翼は滝沢になど目もくれない。
滝沢は内心動揺しっぱなしだった。
今の光景を翼はどう思ったんだろうか。
まさか翼のことだから自分と村上がどうとか、なんて思うはずもないだろうけども。
むしろ気にするタイプでもないだろう。
・・・それはそれで少し寂しいが。
滝沢がそんなことを思いながら一人悶々と考えていると、村上の声が一際大きく部屋に響いた。

「ヨコっ!おはよ!」
「おう・・・」

返された横山の言葉は至極素っ気なくそれだけだったけれども、村上はそれでも嬉しそうにニコニコしている。

そうだった。
今日自分の家はこいつらカップルのデートの待ち合わせ場所に指定されてたんだった。
だから横山がここにいるんだろうか。
でもなんで翼も一緒に?
確かに俺らも今日デートの約束してたけど、待ち合わせ場所は家じゃなかったし、もっと遅かったはずなのに。
滝沢はまた一人悶々と考えながら、何気なくちらっと横山を見た。
すると横山はなんともまぁ、つまらなそうにそのぽってりした唇を尖らせているではないか。

「横山・・・?」

思わず恐る恐る滝沢が声をかけると、横山がちらっとこちらを見た。
そして小さな声でぼそりと一言。

「・・・タッキー、おはよ」
「あ、ああ、おはよ・・・」
「お邪魔してます・・・」
「いえ、おかまいもしませんで・・・」
「・・・・・・んで、お邪魔しました」
「へっ?」

何のことかさっぱりついていけず滝沢が目を瞬かせる前で、横山はくるっと踵を返して部屋を出て行ってしまう。

「あっヨコー待ってよー」

咄嗟に翼が後を追う。
けれどもすぐさままた部屋に戻ってきたかと思うと、二人を見てきっぱりと告げた。

「予定変更ね。俺今日はヨコとデートするから。じゃね」

翼はあっさりと事も無げにそう言うとさっさとまた横山を追ってしまった。
そして残された二人は同時に首を傾げ、顔を見合わせた。

「・・・え?」
「・・・あれ?」
「うそ」
「なんで?」
「おい、ヒナ」
「なに、タキ」
「なんでうちの翼がヨコとデートなんだよ」
「なんでうちのヨコが翼くんとデートやねん」
「今日俺とデートだったんだけど」
「こっちかてそうやねんけど」
「・・・」
「・・・」

押し黙る二人。
しかし滝沢にはすぐに判った。
少なくとも原因はそれしかない。

「ヒナ・・・お前のせいだぞ・・・」
「なんでやねん!」
「お前が寝ぼけて俺に抱きついてくるから!それを見られたんだよ!二人にっ!」
「・・・うそやん」

村上はさっきのことなど全く憶えていないのか、素で呆然としたような表情だ。
それに深いため息をついて滝沢は頭をかく。

「嘘なんかつくか。マジありえなかった」
「なんで俺がタキとかに抱きつかなあかんの。俺の抱き枕はヨコだけやで」
「素で言うなよ。俺だってめちゃくちゃ嫌だったし。本気で唇奪われるかと思った」

さすがにその台詞には過敏に反応して村上がブンブンと大きく頭を振る。
いくら友達とはいえそこら辺はありえない。
その見解だけはどうやら滝沢も村上も共通しているようだ。
何も自分達は同性愛嗜好ではなく、あくまでもお互いの恋人だからこそ好きなわけで。

「ありえへんてタキ!俺あのやらかくてピンクの唇しかあかんもん!」
「俺だってありえねーよ!」
「うそやん!うーーーわーーー」
「お前がしてきたんだぞ!ヨコヨコってデレデレしやがって!」
「なんでタキをヨコと間違えんねやろ俺・・・たまってんのかな・・・」
「うわマジ最悪だよお前・・・」
「やって最近してへんかってんもん・・・」
「俺だってしてないよ・・・」
「なぁ・・・」
「なぁ・・・・・・・って、ヒナ!まずいだろこれ!」

まるでくたびれたサラリーマンのように呟きあっている場合ではない。
滝沢の真剣な顔に村上も大きく頷く。

「せや、追っかけんと!ちょおタキはよ車出して!」
「俺かよ!」
「お前しかおらへんやん!」
「どこ行ったかわかんねーよ!」
「大丈夫俺わかるから!」
「え、マジで?」
「ヨコのおるとこならわかる!」
「・・・自信満々だな」
「愛やで!」
「うぜー!ってか翼ー!」
「ヨコー!」

二人はバタバタと起きあがると支度もそこそこに部屋を出たのだった。










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