ラブライフ 2










「ヨコーどこ行こっか?」
「んー・・・・・・じゃあ、ココイチ・・・」
「ココイチ?どこのココイチ?」
「あの、俺あそこの・・・下北沢にある店の店長さんと知り合いやねん。そんでな、ちょうど一昨日から新メニュー出てるからって」
「あー、了解。下北のココイチね」

翼はハンドルを握りながら、助手席に座っている横山に向かって何でもないようにそう言った。
その台詞があんまりに普通で、言ってしまえば今のこの状況は唐突なものでしかないというのに、まるで最初から今日はこうして遊びに行くつもりだったみたいに平然と言うから。
横山は思わずちらっとそちらを見て窺うように呟く。

「あの、・・・あんな、翼くん?」
「ん?」
「別につきおうてくれへんでも、ええねんで?」
「あれ、なんで?」
「やって今日タッキーとデートやったんやろ?」

思わず勢いで滝沢の部屋を後にして出てきてしまったけれども。
後から追いかけてきてはさっさと自分を車に乗せた翼には驚いた。

そもそもが、横山と翼が一緒に滝沢の家へ向かったのは何も示し合わせていたわけではなく、単なる偶然だった。
今朝村上との待ち合わせに滝沢の家へ向かう途中、その最寄り駅前で車でロータリーに入ってきた翼と会って、どうせだからと翼は横山を滝沢の家まで送ってきてくれたのだ。
どうせ自分も昼から会う予定だったから、と。
しかし家に到着したのはいいものの、チャイムを押しても誰も出てくれないことに首を傾げた横山を後目に、翼は「しょうがないなぁ」などとのんびり呟いたかと思ったら、おもむろに郵便受
けに手を突っ込んでその裏側にテープで貼ってあった鍵を当然のような顔で取り出しては平然と扉を開けたのだ。
横山は正直その行動にも驚いたが、それ以上の驚きが家に上がった先には広がっていたのだった。

「あー、別にいいよ」
「や、よくないやろ。タッキーどうすんねんな」

ハンドルを軽やかに操作しながらのんびりとそう言う様は、滝沢の家の扉を開けた時となんら変わりない。

「いいって。たきざーとはまぁ、近くに住んでるんだし会おうと思えばなんとでもなるけどさ、横山とは早々会えないじゃん」
「俺とタッキー一緒にしたらあかんやろ・・・」
「なんで?俺横山とも遊びたいよ?」

そんな普通に返されると、さすがの横山にもそれ以上言えなくなってしまう。
付き合いもそこそこに長くなるけれども、この今井翼という人間のマイペースさと独特の感性には毎度のことながら驚かされる。
タッキーも大変やな・・・というのが今の横山の感想だ。
けれどそんな現状を作り出した要因の多くは自分にあるのだと判っていたから、内心滝沢に申し訳なくなる。
翼は今さっき、滝沢とは近くに住んでいるから会おうと思えばいつでも会える、と言ったけれども。
実際の所二人の忙しさを考えればいくら近くに住んでいようとも、早々時間をとって会うことなんて出来ないことは判る。
そんな二人の久々のデートを邪魔してしまったことになるわけで、横山は思わず小さくため息をついた。

「ほんっま、ごめん」
「なんでなんで、謝んないでよ」
「人の恋路を邪魔するとブタに蹴られて死んでまうのに」
「うん?豚?・・・ああ、ああ・・・たぶんそれ、馬だよね。馬」
「・・・あれ、馬やっけ。ブタちゃうかったっけ」
「うんたぶん馬だねそれ。食べて美味しいのは豚だけどね」
「でも俺馬刺し好きやで」
「あー馬刺しは美味いよね。俺美味しい店知ってんだ」
「ほんま?」
「うん、今度行こうよ」
「おん、いく」

残念ながら二人は二人ともツッコミかボケかで言ったらボケに属する人間なので、今話題が完全に逸れていっているというのにそれを突っ込んで軌道修正する人間がいなかった。
その役目はいつもお互い恋人が担っているからだ。
しかし馬刺しと聞いてちょっと嬉しそうにこくこくと頷く横山をちらっと見てから小さく笑うと、翼はなんでもないように言った。

「横山こそ良かったの?」
「ん?」
「そっちこそデートだったんじゃん?」
「ああ・・・」
「これって俺こそ、村上から恋人攫ってきちゃった悪者って感じだよね」
「なに言うてんねん。・・・ええねん、あんなん」

また唇を尖らせてぼそりと呟く。
翼は片手でオーディオをいじって、小さなボリュームで音楽をかける。

「俺ちょっと軽い疑問なんだけどさ」
「・・・ん?」
「ヨコちゃんはさ、一体何をそんな拗ねてんのかなぁって。ほんと軽い疑問ね」
「別に・・・すねてるわけちゃうで」
「あ、そうなの?」
「なんですねなあかんねん」
「俺としてはさー、てっきり村上がたきざーとあんなんしてるとこ見ちゃったからかなーって、単純に思ったんだけど」

扉を開けた二人の前にあった光景。
ベッドの上で、滝沢に抱きついている村上。
よくもまぁあんな漫画のようなタイミングで見れたものだと、翼は内心変なところで感心したものだったのだけれども。
横山は軽く眉を顰めて緩く頭を振る。

「ちゃうって。別にあいつがタッキーとなんかなるとか、そんなん思ってへんし」
「まぁ、そうだよね。ありえないしね」
「そうやで。想像しただけできしょいし」
「ほんとだよねー。気持ち悪い」
「あいつほんまむかつくねん」
「・・・うん?えっと、どこらへんがむかついたの?」

いきなり話が飛んだなぁ、と思ったけれども。
とりあえず先を促してみる。

「あいつな、絶対今たまってんねん」
「たまってる・・・。あー、えーと、つまりご無沙汰なわけだ」
「最近忙しかったしな。グループのコンサートがあって、そんですぐまたこっちで舞台やったし」
「そうだよねぇ」
「機会がなかったわけやないねんけど。・・・疲れるからいややて言うててん」
「あー・・・まぁ、疲れるよね確かに。めんどくさくなるよね」
「そやねん。ほんましんどいねん。あいつと違ってそないアホみたいに体力ないねん」
「わかるわかる。うちのアレも体力は無駄にあるからさー。もうたまにほんと疲れてるから嫌って言うもん」
「こっち側は特に体力使うし。・・・あいつサドやし」
「へー・・・それはうちのとは違うねぇ。たきざーはどっちかっていうとマゾだもん」
「そ、そうなん?タッキーて、そうなん?」
「うん。そだよ」
「・・・まぁ、とにかく、せやからあんま最近してへんかったから。たまってんねん、あいつ」
「うん、なるほど」

それで、今回の件と一体どう話が繋がるんだろうか。
翼は心の中でそれだけ思いながらも信号待ちでサイドブレーキを上げる。

「あいつたまると、人にやたらと触りたがんねん」
「意外とわかりやすいね」
「そやねん。いややて言うと、まぁむりやりとかはさすがにせーへんけど、じゃあ一緒に寝るだけでもええから、とかいうてめっちゃ触ってくる」
「・・・なんとなく俺わかってきた」
「あいつほんまありえへんねん。・・・タッキー相手に何してんねん!」
「あーなるほどねー・・・うん・・・」

向かい合う車線が大通りのため随分長いこと赤のままの信号をぼんやりと長めながら、翼はさっき見たあの光景を思い出していた。

「つまり横山は、なんかいたたまれなくなっちゃったんだね」
「・・・俺が悪いみたいやんけ、なんか」
「別に悪くはないでしょ」
「まさかタッキー相手にまであの癖出るとは思わんかった。・・・あいつ誰でもええんか、あのポジティブゴリラ」
「・・・ヨコがやらせてくれへんのやったらタキでもええかなぁ、・・・なぁんて」

あんまり似ていない物まねに、けれど横山は思わず翼を凝視する。
その切れ長の瞳に翼はふっと視線を返して、ごめんごめんと小さく笑う。

「そんなんありえないけどね。ありえなくてもなんかやだよね」
「いやっちゅーか、・・・あいつあんま無理にとかせーへんから」

その小さく落とされた視線に、翼はまた小さく笑った。
信号が青に変わって再び車が走り出す。

「ヨコってさ、可愛いよね」
「はぁ?」
「俺だったらそんなん絶対思わないもん」
「なに?わけわからんて翼くん」
「結論としては、あいつら二人が悪いってことだよ」
「そ、そうなんかな・・・」
「そうだよ。だからさぁ、とりあえずさぁ」

すいている道路を車は加速して軽快に走る。
翼は片手で音楽のボリュームを上げた。

「悪者は置いといて、二人でパーッと遊びにいこうよ。まずはココイチで腹ごしらえしてさ」

なんだか本当に楽しげにそんなことを言う翼に、横山も思わずつられるように笑った。










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