ラブライフ 3
滝沢はハンドルを握りながら、先程からチラチラと隣を窺っている。
備え付けのカーナビには「ココイチ下北沢店」が目的地として設定されていた。
横山の愛して止まないココイチの新メニューが一昨日から出ていて、しかも件の下北沢店の店長は横山の知り合いであり、極めつけとして実際今日のデートの昼食はそこにしようと言っ
いたのだ、と。
確かに自信満々に言うだけのことはある、そんな村上情報に従って今滝沢の車は目的地に向かって車を走らせていて、あとはひたすらカーナビを見てさえいればいいはずなのだが。
それでも滝沢は隣の男をチラチラと窺う。
視線の先にあるその表情がどうにもにやけているからだ。
「・・・なぁ、ヒナ」
「んー?」
「お前さ、なんでそんな浮かれてんの?」
「いややわ、なんで浮かれなあかんの?」
「顔がにやけてるんだけど」
「あれ、出ちゃってる?」
「・・・めっちゃ出ちゃってる」
意味がわからない。
なんでこの状況で浮かれられるのか意味がわからない。
その人懐こい顔を緩めてニコニコと笑う様は可愛いのかもしれないが、正直自分にそんな顔をされてもしょうがないし。
何より殊この状況においてそれはどうなんだと滝沢は思わずにはいられない。
自分はさっきから落ち着かなくてしょうがないというのに。
いや、ついさっき、車に乗り込むまでは村上とて滝沢同様に焦っていたのだけれども。
何故だか車に乗り込んで暫くしてからずっと村上はこんな様子なのだった。
村上も滝沢も状況は基本的に同じはずなのに。
ありえない場面を恋人に目撃され、久々のデートプランが木っ端微塵になるピンチという意味合いにおいては。
「何が嬉しいわけ?」
「や、嬉しいわけちゃうよ。それはちゃうねんけど、なー」
村上は脇のホルダーに入れてあったアクエリアスのペットボトルを手に取り、一口飲んで口内を潤す。
そして小さく考えるような仕草を見せたかと思うと、ふふっと小さく笑った。
「ほら、理由をさらに考えてみてんけど。ヨコと翼くん。
俺らがそのー、まぁ、実際にはちゃうにしろ、変なことしとるとこをな?見てもーたわけやんか?」
「ああ・・・」
「あくまで推測やけど・・・それで怒ったか拗ねたかしたから、二人でどっか行ってもーた、てことになるやろ?」
「や、・・・ああ、うん」
少なくともうちの翼はそんなことないだろうけど、と。
滝沢は咄嗟に言おうとして止めた。
あの手のことでは怒りも拗ねもしないだろうというのは恋人としてやはり切ない。
自分の気持ちを信じてくれているのだと思えば嬉しいとも言えるのかもしれないけれども。
やはりたまにはやきもちくらい妬いてほしいとも思ってしまうのが男心であり、複雑なものだ。
しかしそんなことをわざわざ言う必要もないだろう。
滝沢が軽く眉根を寄せてそんなことを考えている横で、村上は何かを思い出すように頬を緩めて呟く。
若干ため息混じりで。
「あの子、拗ねるとほんま、かわいーのよ」
まるでとろけそうに甘く、幸せそうなその調子。
今から二人を捜して誤解を解いて、それでも機嫌を直して貰えなかったらどうするのか・・・なんて悶々と考えている滝沢の胸中など一蹴するかのようなそれ。
なんでこいつはそんな方へ思考が行くのだろう、行けるのだろう、と滝沢は最早不思議に思う。
そして至極呆れたような視線を投げかけてから、すぐさま前を向いた。
「・・・なんか、あれだよな。あながち横山が言ってんのも大袈裟じゃないよな」
「ん?なにが?」
「ラジオとかで、ほら言うじゃん」
「ラジオ?あ、タキ聴いてくれてるん?ありがとなー?」
「ああ、うん、翼のついでに」
「ついでかい」
「まぁまぁ・・・・・・って、だからさ、ほんとにすごいな。お前のソレ」
「ソレ?」
「ポジティブ」
村上は一瞬きょとんとする。
けれども次の瞬間にはすぐさまおかしそうに声を上げて笑い出す。
軽やかで明るく、確かに悩んでいる時に聞いたら少しばかり苛立ちそうな。
「あははは!んなことないってー!」
「いや、あるし。確実にあるし」
「ちゃうちゃう。ちゃうって。別にそんなんちゃうって。褒めんといてや照れるやん」
「褒めてないから」
「ちゃうよ。それはな、タキ」
「なに」
「あいつがネガティブさんやからそう見えるだけやねんて」
「・・・・・・」
これぞ真理!とでも言うかのように自信満々なその言葉には最早反論しなかった。
ポジティブだと言っているのが件の村上の恋人だけならば、その説も確かにあり得るかもしれないが。
こいつ、こういうとこは変わったかもなぁ・・・とぼんやり思う滝沢は、実は横山やすばると同じくらい付き合いが長い。
しかしそれはやはり例の恋人のおかげというかせいというか、その要因が彼であることは確かなので、その意味では間違ってもいないのかもしれない。
決して横山と比較してポジティブに見えるわけではないと思うが、そこまでポジティブになったのは横山のせいだということだ。
昔の泣き虫で頼りない「ヒナちゃん」を思い出しては思わずため息が漏れる。
それは何も昔を惜しむようなものではないけれど。
「ヒナちゃん」を「ヒナ」に変えた彼はもしかしなくてもすごいのかもしれない。
ああ、でもすごいというなら自分の恋人だって負けてはいないだろう。
勝ち負けではないけれども。
ただ自分も翼のおかげで随分と変われたと思うから。
滝沢はそんなことを思ってハンドルを握りながら、自然と呟いていた。
「あー・・・・・・翼に会いたい」
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