まだ恋は始まらない 1










「大倉・・・ちょっとええ?」
「あー、うん」

レッスン帰りに呼び止められ、レッスン場の裏に連れて行かれた。
相手は同期で、でも俺と違って既に特定のグループに所属しているっていう意味では
一歩先にいる・・・まぁ、友達?
そう言い切れる程何回も一緒に遊んだりしたわけでもなかったんだけど、仲はそう悪くもない相手。
むしろいい方なのかな。

何だかちょっと思い詰めた様子だったから最初は何か相談かなーとも思った。
けどどちらかというと相談するよりはされるタイプの人間だろうと思ったし、
何より相談するにしたってまさか俺は選ばないだろう。
色々と考えてみたけど、結局よく判らなかった。
だからまぁええか、と思ってひたすらに相手の出方を待った。

連れて行かれたのは正確にはレッスン場の裏にある大きな桜の木の下。
既に桜の時期は過ぎてしまったから今は青々とした葉が生い茂るだけのでっかい木でしかない。
そういや誰かが「この木の下で告白して成就したカップルは幸せになれる」とかそんなような、
どこにでもありそうな与太話していたのを思い出す。

でも、じゃあ成就しなかった場合はどうなるんやろ。
逆に不幸になるとか?
そういうのがないとバランスとれへんよな。
世の中ええことばっかやないで。
じゃあ不幸になるのはどっち?
そら当然告白した方やんな。
された方は全然関係あらへんし。
むしろその気もまるでなかったら鬱陶しいだけやし。
どうせありもしない与太話だろうとは思いつつ、何となくぼんやりそんなことを考えていた。

でもそうして待てどもなかなか話は始まらなくて。
俺を前にしても黙ったままもじもじと挙動不審な様子。
見れば何だか耳が赤い。
熱でもあるんやろか。
そんなことを思って軽く覗き込もうとしたら、もっと深く俯かれてしまった。

・・・なんやそれ。
何がしたいねん。
でもなんや見たことあるような・・・こんな光景。
それを思い出そうと考えていたら、妙にか細い声がようやく聞こえてきた。

「・・・大倉、あんな、俺な、」
「うん?」

ようやくやわ。
なんやろ。
じっと見つめた先の唇は薄く開いたり閉じたりを繰り返していた。

「お・・・」
「お?」
「お前のこと・・・」
「俺のこと?」
「す・・・」
「す?」
「すっ・・・」
「す・・・?」

一言発する度に身体が揺れるのが何だかちょっとおかしかった。
深く俯いたせいで小さな身体が余計に小さく見えた。

見たことのある光景・・・・・・・そうや。
この前見た学園モノのドラマや。
ヒロインの女の子が憧れの先輩に告白するシーン。
確かこんな感じの展開で・・・。

ようやくそんなことを思い出していたら、俯いていた顔ががばっとこちらを見上げた。
耳だけじゃなく顔まで赤くて、目は心なしか潤んで見えた。
なんや泣きそう・・・と思った矢先だった。

「大倉、俺、俺っ・・・・・・・お前のこと、好きやねんっ・・・」

まるで絞り出すような言葉はあんまりにも余裕がない。
言われた俺の方だって最初何のことかよく判らなかった。

「好き・・・?俺?」
「あ・・・うん・・・そう・・・」
「俺のこと、好き・・・」
「ん・・・」

俺がぼんやり呟くように繰り返すと、折角上がった顔はまた俯いていく。
見ればその手はぎゅうっと握られて白くなってしまっていた。

ああ、なんやドラマそのまんまやな。
あのヒロインの女の子は憧れの先輩に断られるのが怖くて、
死にそうなくらいにドキドキして、不安で、緊張していた。
確か彼女視点だったから、そんな心の声は余すところなく
ブラウン管向こうのこちら側にも伝わってきたわけで。
そうすると今のこいつもそう?
あのヒロインの女の子みたいに思ってるんやろか。
でもこいつはあくまでも男で、女の子やないしなぁ・・・。
・・・ああ、そうや。

「あのさぁ」
「な、なに・・・?」
「俺、男やで?」
「あ・・・うん」
「お前も男やんな?」
「・・・・・・うん」

消え入りそうで、少し語尾が震えた「うん」だった。
・・・反応だけなら男でも女でもそう変わらんのかな。
こいつなら特に。

「・・・ええのん?」
「なにが・・・?」
「俺は男で、お前も男で。ほんまにええのん?」
「おれ、は・・・」
「うん」
「確かに男やけど、でも、・・・お前のこと、好きで・・・」
「好きなん?それって恋愛感情?」
「うん・・・ごめん・・・」
「や、別に謝ることはないけどな」
「・・・うん。ほんま、ほんまにな?」

恐る恐る上がった顔は既に真っ赤だった。
あのドラマのヒロインのように、心臓が壊れそうな程緊張しているのかもしれない。

「ほんまに・・・好きなん・・・。
たっちょんのこと考えると、どうしようもなくなんねん・・・」

泣きそうに潤んだ瞳と、真っ赤に染まった頬と。
消え入りそうな程に頼りない、そんな愛の告白。

一瞬だけ。
ほんの一瞬だけ。
ああ、かわええな、って。
ちょっと思った。

「・・・そんで、俺と付き合いたいとか、そういうことなん?」
「そ、それは・・・」

一瞬言葉に詰まる。
でも俺としてはそこは大事というか、ちゃんと確認しておかなければならないこと。
それ次第で返事は変わってくる。

「・・・好き、やから。できたら・・・つき合ってほしい・・・」
「ふーん・・・そっか。そらそうか・・・」
「・・・・・・」

もうたぶん勇気は使い果たしてしまったんだろう。
また深く俯いたままもう顔は上がらなかった。

もしもここで俺がうんと言ったなら。
付き合おうとでも言ったなら。
俺らは幸せなカップルになれたんだろうか。
そんな与太話はやっぱり信じちゃいないけど。

「・・・やっさん」

小さな身体がビクリと大袈裟に反応した。
可哀相になってくるくらい。
でも敢えて無視した。
俺は知ってるから。
知っているつもりだったから。
下手な誤魔化しは逆に傷つけること。

「悪いけど、俺はお前をそういう風には見られへん」
「・・・・・・」

それにもやはり何も言わなかった。
ただ握られた手が小さく震えていた。
小さな身体が、可哀相なくらいにもっと小さく見えた。
それでも言った。

「友達としてなら好きやけど、そういう風には・・・たぶん、好きになれん」
「・・・・・・わか、・・た」
「ん・・・ごめんな」
「ええ、よ・・・」

俯いたままだったから表情は判らなかったけど。
震える声に鼻をすするようなものが混じっていることに気付いた。
その震えは全身に伝わっていくようだった。

「・・・泣いてんの?」
「ないて、へん・・・」
「ほんま?」
「ほんま・・・・・・も、うっさいし・・・」
「・・・ほんならええねんけど」

なら、なんで目ぇ擦ってんの?
そう思ったけど、さすがにそれを言うのは憚られた。
必要最低限の返事はした。
それ以上はもう必要ないし・・・もう俺も言いたくなかった。

「・・・ごめん、つきあわせて」

そうして何度か目を擦ると大きく息を吐き出して、
まるで自らを納得させるように頷いてみせた。

「も、ええわ・・・。ありがとな」
「うん・・・」
「このことは、忘れてええから・・・」
「ん・・・」
「・・・ただ、いっこお願いきいてほしい」
「・・・お願い?」
「ん・・・それも、お前がよければ、やけど・・・」

掠れかけた声を聞いているのが何となく自分でも辛くて。
まだ内容も聞いてないっていうのに俺は即答していた。

「ええよ。なに?」

俺の返事にこくんと小さく喉を鳴らすと、やっぱり俯いたままか細い声で言った。
それはもう懇願にも近かった。

「これからも、好きでいさせてくれん・・・?」
「・・・」
「俺がお前を、勝手に好きでおるだけやから・・・他はなんも変わらんから・・・。
これからもずっと仲間やし、友達やし、それは全然変わらへんから・・・。
ただ、想っとくだけ、やから・・・」
「・・・・・・」

単純に思った。
なんでそんな一途に想えるんやろ。
俺のどこがそないええんやろ。

でも訊くことはしなかった。
応えてやれないなら、せめてそれくらいは、そう思った。
別に嫌いな奴ではないんだし・・・むしろ人間的には好きだから。
そのくらい全然問題ない。
・・・振ることの罪悪感を誤魔化すみたいにそう思った。

「ええよ。好きでおって」

それだけの返事。
もしかしたら意外と動揺してたのかもしれない。
我ながらちょっとそっけないくらいのトーンになっていた。
でもそうしたら、もう上がることはないだろうと思っていた顔がゆっくりと上がった。

涙に濡れた真っ赤な顔。
きゅっと唇を噛んで、眉根をぎゅっと寄せて。
本当はもっともっと泣きたいだろうに、それを我慢して。
何とか精一杯で笑っていた。
しかもそれは実際、確かに嬉しそうでもあって・・・。

「ありがとぉ・・・」

俺はもう一度思った。
これで二度目だ。

・・・ああ、かわええな。


「ほんまに、ありがとな・・・?
じゃあ、俺・・・今日は帰るから・・・・・・おつかれっ」
「あっ、うん・・・おつかれ」

かける言葉なんてそれ以上見つからなかった。
今の俺が言ったらそれは何一つをとったって凶器にしかならない気がして。
そのくらいは判るつもりだった。
ただ頷き返すだけで、足早に走り去っていくその後ろ姿を見送った。
それは本当に小さくて、小さくて・・・・・・俺の心に妙な痼りみたいなものを残した。

「・・・しゃあない。しゃあないねん」

もう誰もいないというのに一人で喋ってる俺はアホみたいで。
独り言は単なる言い訳みたいなもので。

「期待持たせるようなこと言う方が残酷やねんから・・・」

それはやっぱり単なる罪悪感への誤魔化しでしかない。

だって本当にそう思っているなら、
好きでいてもいいかと言ったあの言葉だって拒絶するべきだったはず。
そんなことを言ったらまた期待してしまうかもしれない。
自分がそこまで想われているかどうかは判らないにしろ。
判らないからこそ、そこはきちんと言っておくべきだったはず。
・・・でも、言えるはずなかった。

「泣かんでや・・・」

泣いてた。
きっと今頃もっと泣いてる。
小さな身体を丸めて泣いてる。
大きな瞳に涙をいっぱいにして泣いてる。
痛ましいくらいに頬を濡らして泣いてる。
それを少し垣間見ただけで、それを想像しただけで・・・
こんなにも胸が痛くなるものだなんて、知らなかった。

そして俺はいまさらに思うんだ。
泣かせたのは他でもない俺なのに。

どうか誰か、泣いてるあいつを抱きしめてやって。

なんだか俺まで泣きたくなった。



「帰るか・・・」

とぼとぼと歩き出す。
風が吹いて桜の木の葉が揺れた。

あんな与太話信じているわけもないけど。
ましてや自分の仮説なんていい加減な思いつきでしかないけど。
もしもそれが本当で・・・もしも叶わなかった時、
告白した方の人間が不幸になるようなことがあるのだとしたら。

あいつは何も悪くない。
俺への想いに涙するようなあいつは。
だからせめて、不幸にするなら俺にして。
俺はそんな与太話に負ける程繊細になんてできていないから、たぶん大丈夫。
でもあいつは・・・俺が好きだって、そう言って泣いてしまうようなあいつは、ダメだ。
そんなあいつが不幸になんかなったらダメなんだ。
そんなの、なんだか嫌だ。
・・・何が嫌なのかは自分でもよく判らなかったけど。
ただ俺は今確かに、あの一途な瞳に応えてやれなかった自分を、泣かせてしまった事実を、
そしてそれらを悔いている自分を・・・見つけてしまったから。






それからちょうど一週間後。
俺は関ジャニ8に正式加入することになる。










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(2005.5.30)






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