まだ恋は始まらない 2
ちょっと前までなら、収録現場で挨拶してから
遠巻きに見ているのがほとんだった人たちと同じ楽屋を使うようになって、早数日。
グループに入ってから初のレギュラー番組録りのためにスタジオにやってきたはいいものの
「関ジャニ8」と書かれたプレートに未だ慣れなくて。
扉の前でぼんやりと立ったままでいたら、急に両側から腕を掴まれて部屋の中に引きずり込まれた。
何かと目を白黒させる俺を無理矢理にソファーに座らせ、その人達もそれぞれ俺の両側にボフンと腰掛けた。
ニヤニヤと楽しそうな顔で俺の肩を掴んで覗き込んでくる二つの顔。
片方は妙に白い肌と金色の髪に切れ長の瞳が印象的な、一見外人みたいな容姿をした人。
もう片方は小柄な身体に流れる漆黒の髪と大きなアーモンド型の瞳が印象的な、何だか猫みたいなイメージの人。
最初に口を開いたのは外人顔の方だった。
「おう、おはようさん」
「・・・おはようございます」
次に猫顔の方。
「今日もよろしくなぁ〜?」
「・・・よろしくお願いします」
二人は互いに顔を見合わせたかと思うと、俺を間に挟んでニヤリと人の悪い顔で笑い合う。
「しかしオマエほんまでっかいなー。身長いくつ?」
「・・・ひゃくななじゅう・・・ろく?176くらい・・・です」
「でかっ。なんや俺よりでかいやん。生意気な」
「ほんま生意気やで。でかすぎやろ。まだ歳17とかそんくらいやろ」
「まだまだ上り坂か」
「あとどんだけ上る気やねん」
「脳味噌の成長まで全部背に行ってんのとちゃうか」
「中身スカスカやな絶対」
「・・・・・・(そういうあんたのちっちゃい身体の中身は詰まってんですか)」
「あ?オマエ今なんか言うたか?」
「・・・なんでもないです」
「や、待てすばる」
「あん?」
「中身はそれなりに詰まってるかもしれへんぞ」
「どういうことや」
「ほれみろこれ。このお肉!」
「・・・つままんといてください」
「あっほんまやなんやこれ!おまえ17でこの腹はないやろ!」
「うーわ、なにこれ」
「衝撃の真実やな」
「おまえ食ってばっかおんねやろ。飯大好きやろ。夜はあまぁーいモン食わずにはおれへんねやろ」
「そんで即寝やねんな。食べて寝て即ブタコースやな」
「ブタやブタ。ブタっ!」
「・・・・・・(そういうあんたのふにふにの二の腕はどうやねん)」
「ああ?なんや今悪意を感じたで?」
「・・・なんでもありません」
なんやこれ。
これが噂の先輩によるイビリってやつ?
朝来て早々感じ悪すぎやわ。
横山くんとすばるくん。
この二人は関西ジュニアなら誰でも知ってる・・・どころか、誰もが恐れる狂犬と悪魔だ。
一番の古株だし年長だし、その上格好いいし頼りになるし、どこか惹きつけられる華みたいなものがあって、憧れる奴も多い。
でも気まぐれにやってきてはターゲットロックオンとばかりに人を弄り倒してはボロクソに言ってくるのはどうにかならないものか。
正直俺はジュニアの中でも目立つ方ではなかったから、今まではさして被害に遭ったことはなかった。
ただこの前正式に関ジャニの8人目として正式にグループ加入してからというもの、その被害は俺にも飛び火しつつあった。
基本的に身体も心も丈夫に出来てる俺だって、毎日こんなこと言われてたらそれなりに凹むわけで。
ほんまどうにかしてほしいわ、この人ら・・・。
「コラそこのおっさんら、後輩いじめんのも程々にしといたれや?」
そんな時に現れた救世主。
犬のように愛嬌のある顔立ちと八重歯を見せて笑う顔が人懐こいこの人。
狂犬と悪魔に唯一対抗できる、まさに救世主だった。
「なんや人聞き悪いでおまえ」
「俺ら今後輩と交流してんねんぞ」
「ハートフルやろ」
「めっちゃ愛に満ちとるで」
「はいはい。ええからそろそろ支度せぇ」
村上くんは苦笑混じりにそう言うと、今日の収録の流れを俺ら三人に説明した。
その言葉にただひたすらに頷いている俺を後目に、両側の二人の顔が途端に真剣なものに変わる。
ここら辺のスイッチの切り替わりはさすがだなと聞きながらぼんやり感心した。
そうして一通りの説明が済んだ後、村上くんが思い出したように俺に言った。
「あ、大倉」
「はい?」
「今日収録終わったらマネージャーんとこ行ってくれるか?」
「あ、はい・・・」
「なんや話があるらしいで」
「話、ですか・・・」
なんやろ。
特に呼び出されるようなことをやらかした覚えもないけど。
村上くんの言葉に両側の二人がまたニヤニヤと反応した。
「おっ、もう早速クビか?」
「ありうるな。キビシイ世界やからな!」
「クビ・・・」
「あーもうおっさんらええ加減にしとき!大倉も、んなわけないやろ。いちいち本気にすんな。
それ言うなら、確か今ヤスとマルと内も別室で話しとるはずやし」
「そうなんですか」
そう言えばまだ今日あの三人の姿を見ていなかった。
亮ちゃんは確か別の仕事で遅れて来るとは聞いていたけど。
そうだ。
あの三人がいないからこそ俺はますますこの両側の二人の餌食になっていたわけで・・・。
横山くんやすばるくんや村上くん、そして俺らと同年代ながら既に確固たる人気を確立していた亮ちゃん。
俺みたいなバックで踊っていた一般のジュニアからしてみれば、彼らはいわば雲の上の存在みたいな所があったけど。
あの三人に関して言えば昔は一緒に後ろで踊っていたし、人気が出てからも普通に話したりしていた。
だから自分がグループに後から入ると決まった時も俺にとっては少し安心できる存在だった。
何より、俺の正式加入が決まった時だって、あの三人は自分のことのように喜んでくれた。
マルはアホみたいに大騒ぎしていたし、内は飛び上がって俺に抱きついてきたし。
そしてやっさんは・・・なんでか、涙ぐんでいたし・・・。
それにマルと内が「やっさんが嬉し泣きしとるー」ってその頭を撫でたりしていたけど。
俺は本当にそうなのか確信が持てなくて、ありがとう、としか言えなかった。
俺の頭にはただあの日言われたあの言葉が・・・。
「・・・大倉?どした?」
その時のことを思い出して黙り込んでいたら、村上くんに少し心配そうな顔で覗き込まれた。
はたとして慌てて頭を振る。
「や、なんでもないです」
それに両側の二人がまたもニヤニヤしていた。
「なんやーぼんくらのクセにいっちょまえに考え事しとるみたいな顔しよって」
「どうせ今晩何食べよーとかそんなんやで」
ああもう、ほんまうるさい人たちやな。
ちょっとは静かに悩ませてや。
・・・って、あれ?
俺って今悩んでたんか・・・?
初めてのレギュラー番組録りは緊張しっぱなしで終わった。
何をどうしていいのかさっぱり判らなかった。
まぁだいたいは村上くんたちがフォローしてくれたから大丈夫だったけど。
何か上手いこと話せるわけでもなければ面白いリアクションをとれるわけでもない俺が
この先このグループで上手くやっていけるのか少し不安になった。
けどやるからには頑張ろう、一人でひとつ小さく頷いて、マネージャーの元へ行った。
何を言われるんだろうと少し緊張する。
けど別室で待っていたマネージャーは俺に心の準備をさせてくれるでもなく、あっさりと言ってのけた。
「大倉、これからドラムやってくれる?」
「はい・・・?」
ぽかんと口を開けたまま固まった俺に、マネージャーはこれでもかと事務的に状況を説明してくれた。
「ほら、知ってると思うけど、V−Westは今安田と丸山と内しかいないから。
社長がな、新しく大倉にドラムやって貰おうって」
「ドラム、ですか・・・」
「そう。V−Westは関ジャニ8内のユニットとしてこれからもやっていくことになるだろうし。
必然的に大倉にも参加して貰うことになる」
「でも俺、全然経験とかないんですけど・・・」
「大丈夫。これから練習して貰うから」
「はぁ・・・」
「三人にはもう話してあるから。練習はスタジオのドラムセットをいつでも使ってくれていいし」
「はい・・・」
ああ、収録前にあの三人が別室に呼ばれていたのはこのことだったんだ。
結局その程度のことしかきちんと理解出来ず、俺は一通りに説明を受けてから部屋を出た。
「ドラムって、なぁ・・・」
暫くスタジオの廊下を歩いたところで、自然と小さくため息が漏れた。
随分と唐突に難題を突きつけられたと思う。
ドラムなんて今まで学校の音楽の授業で僅かに触れたことがある程度。
それを今から練習しろなんて結構無茶な話だと思う。
しかもV−Westと言ったら結構本格的にバンド形式で活動しているユニットだ。
ボーカルの内、ギターのやっさん、ベースのマル。
内はともかくやっさんやマルだって、確かにユニットを組んでから練習し始めたらしいけど。
既に今となれば単独でライブが出来るくらいには上手くなっているというのに。
俺が今からそれに追いつくとなると、一体どれだけやればいいのやら。
グループに慣れることと、グループでの仕事と、更に増えたやるべきことと。
それらが頭の中でぐるぐると回ってパンクしそうだった。
ぼんやりと考えながら出口に向かうと、そこには俺を待つ人影。
俯いていた視界に映ったコンバースのスニーカーでそれが誰か判って、俺はハッと顔を上げた。
「やっさん・・・」
「おつかれー」
にこりと笑って俺に手を上げる。
片手には荷物の入ったバッグが一つ。
「あれ・・・一人?」
「うん。大倉のこと待っとってん」
「俺・・・?」
内心ちょっとドキリとした。
否が応でもあの時のことを思い出す。
そうだ、こうして二人になるのはあの時以来なんだ。
けどそんな俺を後目に、やっさんは特に頓着した様子もなく。
すぐ脇の自販機でポカリを買ったかと思うとそれを俺に手渡した。
「はい。一応おごりやで」
「あ、ありがと」
プルトップを開けて早速口を付けた。
喉を通り抜けていく冷たさが心地よくて。
自然と吐き出した息は、思った以上に深かった。
「マネージャーから聞いた?」
「あー、うん。一気に説明された」
「そうかー・・・なんかあれやな、大倉にはほんま唐突で色々大変なことばっかやな」
「ん、まぁ。びっくりはしたな」
「俺ら・・・俺とマルと内もな、さっき収録前に聞いてん」
「うん」
「俺らもびっくりした」
「せやろな」
「でも、嬉しかったよ」
缶を手に持ったままそちらを見る。
やっさんは笑って俺にこくんと頷いた。
「嬉しかった。大倉にとっては大変やろうけど。
エイトだけやなくて、こっちでも一緒にできるんやなぁって思ったらな。
俺は・・・俺たちは、ほんまに嬉しかった」
じっと俺を見上げてくる瞳が、嬉しいと、本当にそう言ってくれたのが。
それこそが俺にとっては嬉しかった。
俺がエイトに入ると決まった時に見せた涙は本当に嬉し涙だったのか、俺には確信が持てなかったから。
もしかしたらそれは、俺がその心につけた傷口がまた痛んで、更にこれからも痛むから・・・だからこその涙だったんじゃないか、なんて。
少し勘ぐってしまった自分を内心だけでこっそり謝った。
その代わりに、小さく頬を緩めて深く頷いてみせた。
「・・・うん、頑張るわ」
「おー頑張れっ」
そう言って俺に笑ってくれることがまた嬉しかった。
もう二度と俺には笑ってくれないんじゃないって、そんなことを思ったりもしたから。
俺はただ単純に安心していた。
一体何に安心していたのか自分でもよく判らなかったけれど。
ただ何か胸のつかえがとれたような気分で、頑張れそうだと思った。
俺がポカリを飲み終わるとやっさんは扉の方を指さした。
「じゃあ途中まで一緒に帰ろうや」
「うん。・・・あ、そういや、結局なんで俺のこと待ってたん?何かあった?」
荷物を手に持ち直して何気なく訊いた。
やっさんは既に歩き出してしまっていて、俺を振り返ることもなかった。
「んー、何となく」
「何となくて・・・」
「ええやんか。特に意味とかないもん」
「ふーん・・・」
軽く首を傾げながら後を追って歩き出す俺との距離を一定に保って。
やっさんはそれでも俺を振り返ることはなく、前を歩いた。
「あーたっちょん、きれいな夕焼けやでー」
「ほんまやな」
俺らはそうしてスタジオの最寄り駅までを一緒に帰った。
これからのグループのこと、ユニットのこと、色んな話をした。
横山くんとすばるくんにいびられたって話したら、声を立てて笑われた。
ほんなら俺とたっちょんはそういう意味でも仲間やね、って。
そう言えばやっさんもよくあの二人にはいじられていたっけ。
そんな他愛もない話ばかり。
でもそれにとても気持ちが楽になったから、思わず自然と呟いていた。
「ほんま、おかげで頑張れそうやわ」
「・・・ん。よかった」
そう言って振り返ったやっさんの顔が夕焼けに綺麗に染められていて。
その目が細められてじっと俺を見上げてくることを、俺は最早気にも留めなかった。
だから俺はそこで忘れてしまったんだ。
あの日から今日まで頭の中にあった、もやもやとしたものを。
「・・・ほんなら俺も、頑張れそうや」
ぼんやりと夕陽を見つめながらぽつりと呟かれた言葉は、確かに俺の耳にも届いたのに。
『これからも好きでいさせて』
それって本当はどういうことなのか。
泣きながらそう言ったあの言葉が。
現実にはどういうものなのか。
俺はずっと考えていたはずなのに、その時つい、忘れてしまった。
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(2005.6.11)
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