俺は自ら気づけないままに、・・・壊し始めていた。
レイニーラブソング 3
窓から差し込む陽の光が瞼を刺激して、目が覚めた。
横たわったままうっすらと開けた瞼がなんだか重たい。
僅かに動かした身体は何だか鉛のように重くぎしぎしと鈍い痛みを訴えていた。
「だるぅ・・・」
自然と漏れた声は思うよりも自然だった。
特に枯れているとか掠れているとか、そんなことはなくて。
何となくホッとした。
そしてそれからようやく昨晩のことを思い出す。
順番が逆やろ、と正直自嘲気味に思った。
「あー・・・ねみぃ・・・」
軽くこめかみを押さえながら、だるい身体を起こす・・・そこで俺はまた今更気付く。
自分が寝かされているのがふかふかのベッドであることに。
それは確かにいつも自分が使っているもので
とりたてて違和感を覚えるものでなどあるはずがなかった。
けれど昨夜の行為は、こんな柔らかなものが受け止めてくれるような甘いものではなく。
ただ固く冷たいフローリングと、雨を吸ったタオルが背中を圧迫していただけだった。
きっとあいつが運んでくれたんだろう。
自分でベッドに上がった記憶もなかった。
最後は気を失うように眠ってしまった気がする。
自分より大きな身体をよくベッドに運んだりできたわ、と半ば妙に感心する。
そういえば無意識にずり上がる俺の身体を押さえつけてきた手の力は妙に強くて。
いつのまにこんなに大きくなってしまったんだろうとどこかずれたことを思ったんだった。
「・・・きれーに片づけていきよったな」
改めて辺りを見回すけれど、床にも特に乱れた様子も汚れた様子も見て取れなかった。
俺を運んだ後始末したんだろう。
マメで真面目な奴やなとぼんやり思った。
自分だって相当疲れて眠かっただろうに。
ちゃんとその後眠れたんだろうか。
いつ出て行ったのか定かではないから判らなかった。
あいつが来る前と変わらぬ小綺麗な俺の部屋は
昨日のことなど何もなかったかのような錯覚を一瞬だけさせたけれど。
鈍い痛みを感じるこの身体はそんな錯覚を軽く嘲笑った。
昨日のことを改めて思い出す。
薄い水の膜がかかったような光景と、湿った音と、熱っぽい息づかいと、そして遠くに聞こえる雨音と。
その中で行われた行為は、痛くて気持ちよくて苦しくて・・・なんだか妙に幸せで。
色々な感情が入り交じりすぎて、実際のところどんなものだったかは自分でもよく判らなかった。
正直、初めてした行為というわけじゃない。・・・受け入れる方という意味でもだ。
だからその行為自体が目新しかったわけじゃない。
あの行為が良いものなんかではないこと、とっくに知ってる。
感じたのはきっと身体よりも心だったんだろう。
相手があいつだったからに他ならない。
でもあいつはどうなんだろう。
きっと男相手は初めてだった。
やる前は、結構経験積んでるだの優しくするだの言ってたけど。
実際のところいっぱいいっぱいだったのは見て取れた。
そんな余裕、身体にも心にもなかっただろうから。
「これ、俺が食ってもーたとも言えるんやろか」
相手は初めてだったんだから。たとえ俺が抱かれる方でも。
本当なら俺が抱いてやればよかったんだろうか。
傷ついているならなおのこと。
でもあいつがそれを望んだとは思えない。
あくまでもあいつは抱く方を望んでいた。
なんでこんな、男で、しかも自分よりも体格のいい奴を選ぶのかとも少し思ったけれど。
それは俺が訊くことではないんだろうと思った。
あいつの存在ごと受け止める、というのはそういうことなんだろう。
いったん瞳を閉じる。
陽の光を遮るように。
それから再び開ける。
自らの思考を奥底に沈めてから。
のろのろとベッドから起きあがり、時計を見ると昼過ぎだった。
今日の雑誌の取材は夕方からだからまだ時間には余裕がある。
久しぶりに家で昼飯を食べてから本屋でも行こうか。
適当にそこら辺にあった服を着込んで一階に下りていく。
酷くされたとまでは言わないけれど、若さ故にかそこそこ無茶をされた身体は鈍い悲鳴を上げていた。
緩慢な動作でリビングに行くと、ちょうど上の弟が出かけるところだった。
「お、兄ちゃんおはよ。意外と早いやん」
「あー、起きてもた。まだ時間あんねんけどなぁ。ま、二度寝すると逆にやばそうやし」
「確実に寝倒すよな。・・・あ、そういや錦戸くん、とっくに行ってもうたで?」
「あー・・・。そうか」
「うん。ちょっと話した」
「なんか言うてた?」
「そうそう、伝言頼まれてん」
「・・・なんて?」
咄嗟に少し身構えてしまったけれど、幸いにも気付かれなかったようだ。
弟は錦戸から伝えられた言葉を思い返しているのか、少し首を傾げながら言う。
「んと・・・『昨日は突然お邪魔してすんませんでした』」
「おう。殊勝な言い分やな」
「『取材は遅れんで来てくださいね』」
「俺を誰やと思って言ってんねんあいつは」
「横山裕やと思って言ってんねやろ。・・・あ、あと、」
「うん?」
「『これからもよろしくお願いします』」
「・・・」
「やってさ」
「・・・そ」
弟ののんびりした声で紡がれる、あいつの言葉。
そこに込められた意味が判らない程子供じゃない。
それが単なる社交辞令的な言葉ではないこと。
ただ一度の過ちではなかった。
あいつはまた俺を抱くんだろう。
そして俺はまたあいつに抱かれるんだろう。
でもそれだけのことだ。
いまさらそれ以上のことを考える必要はない。
・・・考えてもしょうがない。
昨日の雨模様とは対照的に今日は随分と天気が良かった。
散歩がてら歩きながら適当に本屋に行って、CD屋に行って。
そこで思わぬ買い物をしてしまった結果、財布が予想以上に寂しい状況になった。
それでさすがにこれ以上はまずいと思ってさっさと出て来てしまったからか、実際にはあまり時間を潰せなかった。
スタジオに入った段階で時計を見ると集合まではまだ約一時間半はある。
さてこれからどうしようかと、とりあえず煙草を吸いに喫煙所に向かう。
「・・・お?」
そこには予想外の顔があった。
いつも以上にぼんやり眠そうな顔で喫煙所のソファーに腰掛けては
俯き加減に緩慢な動作で携帯を弄っている。
随分と見慣れたそれは、けれど厳密に言うとここにあってはならないものだ。
いや、いるだけなら別に問題はないのだけれども。
ただここは、誤解だけでもされたらまずい場所ではあった。
そいつはうちのグループの下から二番目。・・・正確にはまだ未成年。
「・・・おーい、大倉くん?」
「おわっ。・・・なんやー横山くんやないですか。おはようございます」
唐突に音もなく近寄り、ストンとその横に腰掛けた俺に
大倉はびくっと戦いては手にしていた携帯を取り落としそうになっていた。
咄嗟にそれを膝の上に受け止めつつ、驚いたような様子で俺を見る。
俺はソファーの背もたれに身体を大きく傾け、下から覗き込むようにしてその顔をじっと見つめる。
「おはよ。・・・で、おまえはなんでこんなとこにおんねん」
「は?なにて・・・・・・・あっ、言うときますけど、吸ってませんよ?」
「・・・ほんまかー?」
吸っていないだろうことは判っていたけれど。
一応、と思って胡乱気な視線を敢えて向けてみる。
それに大倉は幾分か慌てたようにふるふると頭を振る。
「ほんまですって!ちゅーかこんなとこで吸うわけあらへんでしょ!判ってますよ」
「そーか。ほんならええねんけど。・・・もし吸っとったら一発ぶん殴ろう思ったで」
「・・・あの、俺らこれから撮影やないですか」
「せやな」
「顔はあかんと・・・」
「腹に決まっとるやろ」
「こわー・・・」
大倉は携帯を畳んでしまいながら本気で肩を竦めている。
別に未成年だからと言って絶対に吸うなとは言わない。
それを言うのは俺の役目ではないと思う。
ただそれが、もしも仕事場や、他人の目に触れるような場所でのものであった場合。
大倉一人では責任の取れない事態になるのは目に見えている。
だからその境目だけには目を配るようにしていた。
それは単に同じグループの年長者としてでしかないけれども。
「絶対にしませんよ」
大倉は、自分と俺との間にある荷物を逆側に移動させながらこともなげに言った。
その妙にきっぱりとした口調に、逆に少し悪かっただろうかと思う。
僅かに上にあるその小さな頭を宥めるように撫でた。
「・・・わーっとる。ほんまは疑ってへんて」
「横山くんが怒るようなことはせぇへんから」
「大倉はええこやな」
「・・・一回ほんまに殴られたし」
「せやったっけ?」
「痛かったしほんま・・・」
「そらすまんかったな」
「別にもうええですけど」
それは確かまだ大倉がグループに入ったばかりの頃の、もう随分と前の話だ。
思えばまだまだ不安ばかりだっただろうこいつ相手に俺も大人げなかった。
いかに理由があろうとも、今ならきっとさすがにそれはしないだろうから。
そう考えると確かに年月は知らず知らずの内に経っているのだと思い知る。
「お前もデカなるわなぁ、そら」
思えば大倉も事務所に入った当初は小さかった。
あのヤスより小さかったんだ。
それがいつの間にやらどんどん大きくなって、ついには追い抜かれてしまった。
人はどんどん成長する。人はどんどん変わっていく。
抗えぬ年月と共に。
大倉も、・・・錦戸も。
ぐりぐりと頭を無造作に撫でる。
大倉は特に抵抗することなく、むしろ小さな欠伸なんかしてソファーにもたれ掛かる。
その見慣れた様子に思わず苦笑する。
「おっまえ、ほんまいつも眠そうやな」
「いつもとちゃいますよー。やって今日はほんま寝不足やもん・・・」
「ちゅーか、ほんならなんでこんなはよ来てんねん。撮影夕方からやで?」
最初から抱いていた疑問をここでようやく口にする。
大倉は少しだけばつ悪そうにぼそりと呟く。
「・・・時間、間違えて」
「・・・ほんで慌ててきてもーたん?」
「遅刻やーて思って・・・」
「っ、アホやこいつ!」
「ちょ、横山くんっ!そんな思いっきり笑わんでくださいよ!俺急いできたんですよ!」
「知るか!おまえが間違えたんやろ!あーおもろい・・・ほんまアホやこいつ・・・」
遠慮なく大笑いする俺に、大倉は少しむくれたような顔をしたかと思うと
ソファーの背にもたれ掛かったままぱちっと目を閉じてしまう。
「・・・もーなんとでも言うてください。とにかく俺は眠いんです。時間まで寝ます」
「は?今から?」
「まだ結構時間あるし」
「そらそうやけどおまえ、俺はどないすんねん」
「知りませんよ。・・・ちゅーか、」
再びぱちっと目を開けると、ちらりと視線だけをこちらに寄越した。
そこで大倉は何故だか一瞬だけ動きを止めて。
少しだけ目を見開いた。
今何かに気が付いた、といった様子で。
「・・・なに?」
「あ、いや・・・。横山くんこそ、なんでこんなはよ来てるんです?」
「俺は単に時間潰し損ねただけ。CD屋で予想以上に金使ってもーてん」
「そうなんや・・・。じゃあ、寝ましょうか」
「・・・あ?」
「眠いし」
「ちょお待て大倉」
「寝ればすぐ時間なんて潰せますよ」
「人の話聞けボケ」
「おやすみなさい」
待てっちゅーとるやろがおいコラこの寝太郎!
・・・そんな俺の言葉すら間に合わず。
大倉はあっさりと目を閉じて安らかな寝息を漏らし始める。
早い。早すぎる。何という早業。
俺が呆気にとられているのを後目に
すうすうと寝息を立てるその、悔しいが少し可愛く微笑ましい様子に小さくため息が漏れる。
「あほらし・・・」
こんな気持良さそうに寝てる奴の隣で俺はどうしろって言うんだか。
どこか別の場所に行こうかとも一瞬思って、すぐ止めた。
別にこのスタジオ内で他に時間をつぶせるような場所はないし、この時間じゃまだ控え室も空いていないだろう。
それに、こんな思い切り寝ているこいつを一人放っていくのも何となく気が引けた。
「・・・俺も寝るか」
少しだけ。
少しだけ。
そう思って大倉と同じようにソファーの背にもたれ掛かり、そっと目を閉じる。
するとやはり身体は睡眠と休息を未だ欲していたのか。
あっという間に意識が沈んでいくのを感じた。
とりあえず時間にはちゃんと起きんと。
大倉を叩き起こして引っ張っていかんと。
その時にはまた会うんやから。
あいつに会うんやから・・・。
「っ、たぁ・・・っ!」
次に俺を起こしたのは、強烈なデコピンだった。
頭がぐわんぐわんと揺れるような感覚に
意識が一瞬まるで蹴り飛ばされたような状態になって、やがてまたフラフラと戻ってくる。
ちかちかする目の前にようやく焦点を合わせると、そこにあったのは不敵に輝く大きな瞳。
いたずらっ子のようなそれは昔から変わらない。
「すばる・・・!なんやねんいきなりっ!」
そのまま永眠するところやったやろ!
そう言ってがばりと身体を起こすと、ふふんと鼻先で笑われた。
じっと顔を近づけられ、大きな瞳がくるりと動く様が見える。
「キミくんはおねむでちゅかー?もう撮影のお時間でちゅよー?」
「ああっ?・・・・・・あ、」
そのからかうような声にカチンときつつ時計を見ると・・・・・・既に集合時間を10分過ぎていた。
瞬間青ざめる俺に、すばるの容赦ない大きな笑い声。
それにすばる以外のものも混じっていることに気付いた。
はたとしてよく廻りを見渡すと、既に全員が揃っていた。
すばるの半歩後ろで村上が八重歯を見せてカラカラと笑っている。
向こう側にはヤスもマルも内もいる。三人もおかしそうに笑っていた。
そしてみんなからは少し離れた場所に・・・錦戸もいた。
錦戸だけは笑うこともなく、何だか無表情で。
いや、少し不機嫌そう?
何か声をかけようとして、けれど一体何と言っていいのか咄嗟に判らなくて。
言葉を探している俺に村上の声がかかる。
「まさかこんなとこにおったなんてなぁ。
集合時間になってもお前ら二人がけぇへんから、どないしたんやろ思っててんけど。
なんやスタッフさんが喫煙所で寝てんの見たて言うから」
未だ状況があまり掴めていない俺にフォローするように説明してくれた。
そこでようやく俺は理解する。
あのまますっかり寝入ってしまったのだと。
そしてはたとすぐ横を見る。
「ふぁ〜あ・・・」
呑気に欠伸なんかして目を擦っている寝太郎。
この状況に全く頓着した様子もない。
思わず八つ当たり気味に一発叩いた。
「あたっ」
「アホ!なんで起きへんねんおまえは」
「えー。俺はちゃんと起きましたけど」
「なにー?せやったらなんで俺を起こさんねん!」
「忘れてました」
「しばく!」
「あたっ。もうしばいてるし・・・」
そんな俺と大倉のやりとりを、みんなが笑って見ていた。
錦戸以外の全員が、笑って。
聞けばどうやら撮影は少し押しているらしく、あと20分程は準備に時間がかかるとのことだった。
だからこれから着替えて十分間に合うと知ってホッと小さく胸をなで下ろす。
そうして控え室で各々衣装に着替えていた時。
未だ少し痛む身体を解そうと、緩く屈伸をしていた俺の顔を村上が覗き込んできた。
「おーい」
「なにぃ」
右脚に体重をかけるようにして上半身を折っている体勢の俺の視界には、その顔がさかさまに見えた。
「お前、今日調子でも悪いんか?」
「は?」
一瞬そのまま動きを止める。
この屈伸がそんなにいけなかっただろうか。
でもこんなのは割といつもしていることで・・・。
「いや、大倉が言うてたから」
「大倉・・・?なにを」
「横山くん調子悪そうやからて」
「・・・いつ」
身体を起こし、ちらっと大倉の方に視線をやる。
大倉はちょうどチロルチョコを口に放り込むところだった。
さも幸せそうに頬を緩ませている。チロルチョコひとつで。
・・・あんなのに気付かれたとは到底思えんのやけど。
「あんな、さっきお前が喫煙所で寝とった時な。
俺だけ先に見に行ったらな、大倉もう起きとってん」
「は?・・・なに言うてんの?」
「せやから、大倉はとっくに起きとってん。
そんで俺がお前を起こそうとしたら・・・しーってな」
村上は人差し指を立てて唇に当てる仕草をする。
『なんや調子悪そうなんです。せやからもう少しだけ』
「そう言われたら俺も起こせんくなってなー」
「・・・」
「どないしよう思ってたら、すばるたちが後から来て」
「・・・そんで俺はあいつにデコピンをお見舞いされたわけやな」
「そういうこと。・・・で、大丈夫なんか?」
「別に平気や。ちょお寝不足なだけやし」
そうか?と曖昧な笑顔で頷く村上を後目に、気になるのは大倉だった。
まさかそんなことを思われていたとは気付かなかった。
いや、調子が悪いなんてことは実際ほとんどないというのに。
確かにちょっと身体はだるいし痛みはあるけど、動けないという程のものでもない。
大したことじゃない。
それなのに、あいつは一体俺の何を見てそう思ったんだろうか。
何かに気付いたんだろうか。
ふと疑問に思ったけれど、敢えて聞くのは何となく躊躇われて止めた。
それから始まった撮影。
二人ずつで撮ることになり、まずはすばると内が呼ばれてスタジオの方へ行った。
俺はというと、鏡台の椅子に座ってペラペラと雑誌を捲っていた。
その横にふっと感じた気配。
ちらりと視線を目の前の鏡に上げると、錦戸がゆっくりと横に腰掛けるのが見えた。
俺と同じく鏡越しに視線を寄越してくる。
そして何か話しかけてくるかと思いきや、何故か視線は一度あらぬ方に向いた。
何かと思って同じようにそちらを見ると、そこにいたのは大倉で。
錦戸は一瞬だけ何か探るような眼差しを大倉に向けたかと思うと、すぐさままた俺の方に戻した。
何となくそれを問うタイミングが見つからなかった。
今日はまださっき挨拶した程度しか言葉は交わしていなかったから。
別に避けているというわけではなく。
特にそういう機会もなかっただけのこと。
そんなのはいつものことだった。
話したくなればどちらかが寄っていく。
だからこれはいつものことと言えば、確かにそうで。
「大丈夫っすか?」
「・・・なにが」
「せやから、身体」
「おまえが訊くなボケ」
「俺が訊かんで誰が訊くねん」
だからっておまえ、ちょっとは気ぃ遣えよ。
そう言おうとしたけれど、逆に遣われたりしたら微妙だろうと思い直す。
そんなのはお互い望んでいない。
「あーもーそらバリバリやで。俺の鋼の肉体をナメんなや」
「あっそ。ほんならええねんけど」
「でもおまえ、その口先ぶりをなんとかせぇよ」
「なんやねんそれ」
「ああいうんが初めてならそう言え。そしたらおまえ、リードくらいしたったのに」
「・・・・・・そういうこと言うか、普通」
ええやんか。
気なんか遣われたら微妙やろ。お前かてそうやろ。
こういう風に流すのが一番のはず。
もちろん、これは廻りには聞こえないようにぼそぼそと呟くような会話ではあったけれども。
「言わな辛いんは俺やねん」
「・・・痛かったですか?」
「まぁそこそこに」
「・・・すんません」
半ば本気で謝っているその低い声音。
そしてしょげているようなトーン。
それに自然と苦笑が漏れる。
愛しい、と思う。
「ええけど。・・・次がんばりや」
一瞬間を置いて呟かれた言葉に。
錦戸は少し驚いたように目を見開く。
ぱちくりと瞬くそれがまるで子供のようで。
次いで窺ってくる瞳は確かに大人のもので。
そんな不安定なアンバランスさを躊躇なく俺に晒すこいつが、やっぱり愛しくてしょうがなくて。
俺は自分の手で、自分の言葉で、この関係を目の逸らせないものへと変えていく。
たった一度の過ちではないと。
それはこいつの望みと、俺のエゴとを同時に満たす選択肢。
「・・・はい」
ただそれだけの返事だったけど。
ホッと安心したような、嬉しそうな。
そんな表情を見れたから、いいんだと思った。
これでいいんだと。
俺はこいつを助けてやれると。
支えてやれると。
思えばそれは傲慢な思考だったのかもしれない。
けれど俺は、それすら自分では気づくことが出来なかった。
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(2005.4.10)
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