後悔なんて、全て雨にかき消されてしまう。
レイニーラブソング 4
その日は大阪でやってるレギュラー番組の打ち合わせをしていた。
二週分の構成や進行なんかをプロデューサーと確認していく。
特に村上は段取りにうるさい奴だから、率先して自分で発言し、細かい部分までチェックする。
「えーと、じゃあ二週目の分は俺とヤスで・・・・・・せやな、亮と内はおらんしな」
大まかに書かれた進行表をぺらりと捲りながら小さく頷いて、向こうに座っていた錦戸と内を見る。
「とりあえず歌だけ一週目の分と一緒に撮るってことで」
「あ、はい。それでお願いします」
確認するような形で言うと、内は少し申し訳なさそうにしながらこくこくと頷いた。
それに比べて、横にいる錦戸は僅かに頷いただけで特に何も言わなかった。
元から仏頂面な奴だけど、今は何だかまた妙に機嫌が良くないようだ。
当然それには目敏い村上も気付いたようで、ちらりと亮を見るともう一度確認する。
「亮?それでええな?」
「・・・はい。それでお願いします」
仕方なさそうにぼそりと呟き、また僅かに頷いた。
ついさっきまでは全く普通だったのに。
何となく俺が気にしつつ見ていた感じだと、その機嫌が傾きだしたのは
錦戸と内がNEWSの仕事で東京に行っているために
二週目分の収録に参加出来ないという話になった辺りからだったと思う。
二人が新しいグループとの掛け持ちを始めてからというもの、
昔みたいには俺たちと一緒に仕事が出来なくなっていた。
ただそれはNEWSもまだデビューしたてのグループだし
最初の内は特に忙しいだろうからしょうがないと誰もが思っていた。
少し寂しいけれど、ちゃんと応援してやろう、と。
それなのにどうしてか当の本人・・・いや、内はいたって真面目に
一生懸命頑張っているようだったけれど、錦戸に関してはどうも話が違うようだった。
もちろん仕事は真面目に一生懸命やっている。
それはブラウン管の向こうにちゃんと見てとれた。
けれどどうしてか、内と違って錦戸はNEWSの話を頑なにしたがらない。
こちらが振ってもそっけなく、下手をしたら今みたいに不機嫌になってしまう。
元々、思うより繊細でナイーブな錦戸のことだ。
新しい環境にまだ慣れていないのかもしれない。
メンバーはみなそんな風に結論づけて、特にそのことで何か言うこともなかった。
俺もまた恐らくそんなとこだろうと思っていた。
ただ俺は薄々感じていることがあった。
その、新しい環境に慣れていないが故の戸惑い。そこから来る情緒不安定。
それは周りが思う以上に深刻なのではないかということ。
そう思うようになったのは、あの雨の日からだ。
あの時傷ついて俺に縋ってきた錦戸に、
俺は何一つとして言えなかったし、訊けなかったけれど。
それでも見ていれば、接していれば、判ることは沢山ある。
それだけ昔からずっと見てきたという自負もある。
恐らく錦戸の心を深く傷つけたものは、その新しい環境にあるんじゃないだろうか。
あの日から抱えてきた疑念を俺は確かめてみたくて。
けれど本人に訊いても素直に答えてはくれないかもしれないと思ったから、
打ち合わせの帰りに内を捕まえた。
「横山くんとごはん食べるんも、ちょっと久しぶりですねー?」
内は嬉しそうににこにこと笑いながらチャーシューを頬張る。
その可愛らしい笑顔はまさに「アイドル」というものを体現していると思った。
けれどそれでいて嫌みにならないのはこいつの天性のものなんだろうと微笑ましくなる。
そして単なるラーメン屋にいてもそのアイドル性が失われないのはさすがだ。
「せやな、最近おまえらバカ売れで忙しいからなぁ〜」
「やー、それは確かにありたがいんですけどねぇ・・・」
「ん?なんや悩みでもあるんか?」
頬杖をついてそちらを見る。
内はずるずると麺をすすってコップの水を一杯飲んでから
小さく息を吐き出すと、軽く頷いてみせる。
「やっぱ大阪と東京の往復がね、大変で。それだけで疲れちゃいますわ」
「あー・・・確かにアレばっかりはなぁ。
俺らも結構行くけど、おまえらはほんましょっちゅうやもんな」
「そうなんです。しかもほら、往復ずっと亮ちゃんと一緒でしょ?
あの人ね、すーぐ機嫌悪くするから!
二人しかおらんのに機嫌悪くなられたらどないしてええんかわからへんもん〜」
「あはは、確かにそら気まずいわな」
「ほんまにもー・・・今度横山くんからも言ってやってくださいよっ。
亮ちゃんちょっとは考えて、って!」
プンプンと怒る様がまた可愛い。
本当に、人に愛される天性の才能だと思う。
それに笑って頭を軽く撫でてやりながらも、俺はようやく訊くチャンスに恵まれたと内心ホッとしていた。
水を一杯飲んで、口の中を潤してから。
何気なく訊ねた。
「なぁ、あいつ向こうでも上手くやれてんのか?」
「へ?」
「せやから錦戸・・・ほら、あいつ人見知りさんやしなぁ。人のこと言えへんけど。
まぁとにかく、色々馴染むんも時間かかるやろうし」
「・・・ん、そうですね」
「どうなん?」
「横山くんは、亮ちゃんから何か聞いてます?」
けれど問いは問いで返されてしまった。
俺は内心何となく落ち着かない気分になりながらも、平静を保った。
「や、特には。あんまその手の話せぇへんからな」
「そうですか・・・」
決して嘘は言ってない。
事実俺はあいつから何一つ聞いてはいない。
「正直、ちょっと大変ですね・・・」
内は少しだけ眉根を下げ、ため息まじりでそうこぼす。
「・・・そうなん?」
「んー・・・別に向こうのメンバーと仲が悪いとか、そういうんは全くないんですけど」
「単純に馴染めてない?」
「ていうか・・・亮ちゃんがね、なんや他のメンバーに心開いてくれへんていうか。
もちろん普通に会話とかはするし、仕事もちゃんとやってるんですけど。
なんかいまいち壁を作っとるような感じするんです」
「な、あいつはどうなん?山下。あいつ昔から亮と仲良かったやろ?」
昔から関西ジュニアの中でも特に東京での仕事が多かった亮。
俺や村上やすばるはともかく、同年代で同じ境遇にある奴がいなかったせいもあって、
一時は東京のジュニアとの方が仲が良かった時期があった。
その時特に亮と仲良くしていたのが、今をときめくNEWSの山下だ。
錦戸が少し前にNEWSに新しく入ると決まって何処か不安そうにしていた時だって
それでも「ピィがおるから」って自分を元気づけるみたいに笑っていた。
だから俺も山下がいるなら大丈夫だろうと安心していたのに。
内の曇った表情は、もう俺を安心させてはくれなかった。
「ん・・・なんや亮ちゃん、山ピーにも壁作っとるみたいな感じなんですよ」
「あいつにまで?」
「はい・・・。山ピー本人も理由が判らないって、正直ちょっと困っとるみたいなんです。
でも俺が訊いたって、うっさいとかボケとか言われるだけやし・・・」
内は困ったように眉根を寄せて、深くため息をつく。
きっとこの様子だと、内が錦戸と向こうのメンバーとの間を取り持っているような状態なんだろう。
まだまだ結成したてで若いグループ、そして内より年下のメンバーも何人かいる。
内だってうちのグループでは最年少なくらいだし、幼い域は脱していない。
他人事ながら心配になる。
「・・・おまえ大丈夫か?きつないか?」
「ん、大丈夫ですよ。頑張ります」
「ほんまか?頑張れるか?」
「はい。やって俺、NEWSも好きですもん」
そう言って力強く笑う。
いつの間にそんな風に笑うようになったのか。
確かにまだまだ幼いけれど、幼いは幼いなりに日々成長していて。
いつの間にかこんなにも頼もしく笑うようになった。
まるで雛鳥の巣立ちに立ち会ったような感覚。
「そうか。・・・おまえもおっきなったなぁー!」
「うわっ。ちょ、横山くんっ。頭ぐしゃぐしゃになる〜!」
そのふわりとスタイリングされた髪を手でかき混ぜるように撫でた。
内はそれに肩を竦めながらくすぐったそうに笑って。
俺が手を離すと、そろりと上目遣いで俺を窺うように見た。
今さっき頼もしくなったと思ったのとは裏腹に、今度はうちの末っ子そのものの顔。
「あの、横山くん?」
「んー?なんのおねだりやー?」
「やーおねだりて言いますか・・・ちょっと、訊いてみてくれません?」
「・・・訊く?」
「うん。あの、亮ちゃんに・・・。それとなーく、何か悩んでんのー?とか。
・・・あんな?最近亮ちゃんな、東京から帰る時もな、
横山くんに会えるんをすっごい楽しみにしてんねん!」
「おれ・・・?」
「うん・・・亮ちゃん、ほんま横山くんのこと大好きやねんな?
せやからきっと横山くんなら、亮ちゃんも何か話してくれるかもしれへんし・・・。
あの、ほんまそれとなくでいいんでっ・・・」
その必死な様子。
向こうのグループのことはもちろん、きっと亮のことが気にかかってしょうがないんだろう。
内はなんだかんだと亮に懐いているから。
それはグループを掛け持ちする同士としての繋がり以上のものを感じる。
その様が何だかいじらしくて、俺は何とか頬をゆるめて頷いてみせた。
「ああ・・・せやな。判った。機会があったら訊いとくわ」
「お願いしますっ。あ〜横山くん大好きや〜」
「ったく、調子ええわほんま。うちの末っ子ちゃんは」
「えへへー」
その翌日、錦戸が泊まりに来た。
仕事帰りに何かの会話の流れで、今日家に誰もいないと言ったら
パッとこちらを見てじっと何かを訴えかけるような眼差しを送ってきたから。
うち来るか?って言ってみたら、嬉しそうに笑って頷いたんだ。
その様がまるで子犬のような可愛らしさで。
なんやこいつ最近幼くなってへんか?なんて、ちょっと内心くすぐったく思っていた。
まるで昔に戻ったみたいな。
俺が錦戸を「亮ちゃん」と呼んでいた頃のような・・・。
「だる・・・」
「・・・ちょっと、終わった第一声がそれって。色気なさすぎやで」
「知るかそんなん・・・んなもん俺に求めんな・・・」
結局うちに着いてみれば同じ。
いくら幼い笑顔を見せたって、錦戸はもう二十歳を越えた大人で。
俺の部屋に入った途端に求めてきた顔は大人の男そのもので。
毎度毎度、自分の思考の成長しなさに少し呆れる。
俺はベッドを背にしてその身体を受け止めながら、今日は家族がいないからと少しだけ声を出した。
子供では決してしないようなことを一通りやって、あいつを満足させて。
ついでに俺も満足させてもらって。
「ねぇ、俺ちょっとはよくなりました?」
「あー・・・?なにが」
「セックス」
「・・・おまえデリカシーとかそういうもんないんか・・・ありえへんこと訊くな」
「デリカシーとかそういう単語をあんたの口から聞きたくないっすね」
これも若さという奴なのか。
2回やった後にもすぐさま起き上がり、
ぐったりとベッドに身体を投げ出した俺を上から覗き込んでくる。
そしてそんなことを訊ねてくるのもまた若さなのか。
普段は可愛いくらいに照れ屋のくせに、そういうとこは照れんのか・・・と、
少し納得いかないような気持にもなる。
「やって一番最初、あんた痛いて言うてたやないですか。
でももうこれでえーと・・・・・・6度目やし。そろそろどうっすか」
「そろそろも何もおまえ・・・どう答えりゃええねん」
いちいち数えてんのかおまえ。
そう言いそうになったけど、それは俺も同じだったから言わないでおいた。
「せやから、よくなったかどうか答えてくれればええねん」
「・・・まだまだやな」
「ほんま?全然?」
「・・・訊くな」
「訊きたいねん」
「あーもーしつこいやっちゃな!・・・初めよりはよくなったんとちゃうの」
「ほんまに?なら、よかったわ」
・・・そんなことで嬉しそうに笑うなって。
まるで女を抱くみたいに俺を求めてくるくせに、生真面目で優しい所は変わらないのか。
錦戸はしている最中も盛んに俺のことを気にしてくる。
痛くないか、苦しくないか、・・・気持いいか。
だからむしろ最中の俺は、いかに錦戸の問いかけを誤魔化すかに苦心する。
そんなこと気にしなくていいというのに。
ただ勢いに任せて好きに抱けばいいのに。
そんな、まるで恋人にするようなことをしなくてもいいのに。
けれど内心ではそんな扱いがどこか嬉しい自分がいるから、滑稽だ。
「なぁ、きみくん」
「ん・・・?」
ベッドにだるく転がったままの俺に、錦戸が覆い被さってくる。
その手で俺の胸の辺りをさりげなく撫で、舌先で唇を舐めてくる。
「もっかい、したい」
「・・・元気やな、おまえ。明日東京やろ?」
「ええやんか。・・・むしろ明日から3日間会えへんねんから、しときたい」
「別にええで」
「ほんま?」
「嘘言うてどないすんねん。したくなけりゃ、もう寝てるわ」
錦戸はまた嬉しそうに笑うと俺の耳朶の裏にくちづけた。
その感触がくすぐったくて、同時に再び小さな火種を呼び起こす。
それはそのまま大きな火となって、また俺を心ごと焦がすのだろうと判っていたから。
それらに理性までも全て飲み込まれてしまう前にと、その細い腕に抱き寄せられながら小さく訊ねる。
正直訊きづらかったけれど、内に頼まれたこともあるし・・・と何とか口を開いた。
「・・・なぁ、亮?」
「ん?なに?」
「おまえさ・・・向こうで、ちゃんとやれとるか?」
「・・・なにが?」
「せやから、あっちのグループで。なんか悩み事とか、きついこととか、ないか?」
「・・・・・・」
錦戸は急に黙り込んでしまった。
予想出来た反応と言えばそう。
けれどその手の動きだけは止まることなく、俺の肌を愛撫するように滑っていく。
「ん、・・・亮、」
「・・・別に、なんもないですよ」
「そ、か・・・」
「大したことは特に。・・・ただなぁ、最近思うねんけど」
「ん・・・っ、亮・・・?」
唐突に片足を抱え上げられ、その膝が胸にくっつくくらい思い切り腰を折り曲げられた。
肺が圧迫されて少し苦しい。
軽く狭められた視界の先で、錦戸は俺に顔を近づけてうっすら笑った。
さっきみたいな無邪気なものではなく。
どこか昏いそれ。
「色々めんどいなって思うわ。東京行くの、めんどい」
「めんどい、て・・・なに言うて・・・」
「あんたの傍を離れなあかんから。・・・こういうこともできへんやん?」
「ぁ、う・・・っ!」
片足を抱え上げられたことによって露わになっていた、濡れた箇所。
すっかり意識の外だった場所。
さっきの情事の余韻を色濃く残したそこに何の前触れもなく指を差し入れられた。
唐突なそれは、けれどもうだいぶ身体に馴染んでしまったのか。
いとも容易くその指を飲み込んで、軽く収縮する。
濡れた音が耳をつく。
その感覚に喉が引きつる。
「あー・・・よう締まるな。
ちょっと最近判ったんすけど、横山くんは2回目以降の方がええ感じやねんな」
「アホか、おまえ・・・っいきなり、すんなっ・・・!」
「なんで?感じてるやん」
「うる、さ・・・ぁ、待て・・まだ・・・っ」
「何を待つん?してもええて言うたやん」
動きが性急になる。
差し入れられた指は二本に増やされ、濡れた音を響かせては俺の中を容赦なくかき回す。
その感覚に震えれば、今度は胸の突起を舐めては甘噛みされて。
下肢の中心も再び鎌首をもたげる。
それを待っていたかのように触れられて、ついには鳴くような声も抑えられなくなるけれど。
「ぁ、あ・・・りょ、ま・・・っおまえ、とう・・きょう・・・」
「ん?なに?東京?」
「あした・・ぁ・・・」
「明日?・・・ああ、行くけど。せやからするんやって、さっき言うたやん」
「ほんまに、おまえ・・・なん、も・・・」
訊きたいことは結局訊けず仕舞い。
仕方ないとは思うけれど。
こうしてセックスで誤魔化されるのはどうにも好かなかった。
言いたくないのなら無理強いしようとは思わない。
でもそれならそれでちゃんとそう言ってくれれば。
「・・・ええ加減うるさいですよ、横山くん」
「っ、ひ、・・ぅ・・・」
強い力で下肢を握りこまれる。
瞬間ビリっと走った快感混じりの痛みが脳天を突き抜ける。
ああ、きっと。
俺は触れられたくない箇所に触れてしまったんだろう。
俺がいけなかったんだろう。
出過ぎた真似だったのかもしれない。
いまさらあんたにそんなことまで求めてないと、そう言われたみたいだ。
だからさっきまであんなにも、いっそむず痒いくらいに優しかった錦戸が。
こんな風に昏い目をして性急な行為をするんだろう。
俺はあの時、あの雨の日に。
やっぱり全てをちゃんと訊いてやらねばならなかったんだ、と。
愚かしくもいまさらながらに思う。
もしかしたらあの雨の日自体が全ての間違いだったのかもしれない。
でも後悔なんて何の役にも立たない。
だからもう何を訊いてもだめなんだ。
だから、もう・・・。
「あー・・・ほんま、行きたないな、東京」
「ふ・・ぁ・・・っ」
「あんたの傍、離れたないわ・・・」
「ん、んっ・・・ぁ」
「あんたとずっと、こうしてたい・・・」
「あ・・や、・・・ぁあっ!」
うっとりと熱っぽい目で俺を見下ろして。
強引に熱の楔を突き立ててくる。
急なそれは確かに凄まじい衝撃ではあった。
けどもう今日は三回目だから既に中は十分に解れていて、言う程の痛みはなかった。
ただあまりに強すぎる快感に最早まともな言葉は紡げなくて。
女みたいに喘いで、鳴いて、しがみつくばかりで。
そんな俺を見下ろして、錦戸は嬉しそうに、昏く、笑った。
その瞳に俺だけを映して。
「・・・でもまた帰ってきたら、あんたを抱けるし。頑張ってくるわ」
涙が出た。
気付いたら堰を切ったように溢れだして、止まらなくなっていた。
「なんや・・・そんな泣かんでくださいよ。気持ええの?」
「う・・ぁ、・・・んっ」
「ええなぁ、あんたの泣き顔。そそるわ・・・」
「・・・っく、ぅう・・・っ!」
「こんなん見れんの俺だけやんな?・・・やば、あと一回じゃ済まんかも」
抉るように打ち付けられ揺さぶられる、衝撃と、快感とで。
涙は止まらず、散った。
あの時訊けなかった俺が悪い。
だからこんなことになってしまった。
お前を助けたいと、守ってやりたいと。
受け止めてやると、確かめさせてやると。
大丈夫だと。
そう言ったのに。そう言ったのは俺だったのに。
気付けなかった。
俺は結局自分のことばかりだった
大事で、大事で・・・愛しかったのに。
そのくせお前のことなんて結局、何一つ見えていなかった。
お前のための何かなんて、何一つ出来てはいなかった。
自分の傲慢さに反吐が出る。
「あんたのために・・・さっさと帰ってくるからな?」
にっこりと笑った。
その笑顔が、視界でぼやけて歪む。
俺が壊した。
その天使のように無邪気だった笑顔を歪ませた。
助けてやりたかったはずなのに。
逆に俺が壊してしまった。
結局俺の気持ちが、偽善でも欺瞞でも、それですらもなかったから。
俺自身を与えたことで、こいつは歪んでしまった。
俺しか見ないようになってしまった。
向こうで精神的に上手くいっていなかったこいつが
立ち直るどころか更に堕ちる術を与えてしまったんだ。
内は言っていた。
最近の錦戸は東京から帰る時、俺に会うのを楽しみにしていると。
けれどそれはあいつが言うような可愛らしいものではなくて。
「ほんま、あんたとずっと、こうして繋がってたいなぁ・・・」
俺が堕とした。
俺が壊した。
その昏い目がただ熱を持って俺だけを映す。
こんなはずじゃなかったのに。
・・・けれど同時にこうも思う。
もしかしたら、俺は心の奥底でそれを望んでいたのかもしれない。
手を伸ばしても届かないものでも、自分の元に落ちてくれば触れられるから。
堕ちていく先は見えない。
けど、それなら俺も一緒に行こう。
もう助けてやるなんて、言えないのなら。
それが出来ないのなら。
せめて。
堕ちた先にだって常に俺がいよう。
一番下はお前じゃなくて、俺でいよう。
涙は枯れることなく溢れ続けた。
まるであの日の止まぬ雨のように。
NEXT
(2005.5.2)
BACK