あなたをそう変えてしまったものは、一体何だったんだろう。
レイニーラブソング 6
「あ、内くん内くんっ」
NEWSでの番組収録を終え、控え室でメンバー各々荷物をまとめていたら。
さっきまで向こうでまっすーや草野たちと何やら楽しげに話していた手越が
パタパタと俺の元に駆け寄ってきた。
ニコリと輝くような笑顔で俺を見上げてくる。
俺もエイトではよく笑顔が可愛いとかなんとか言ってもらうけど、
正直手越には敵わないと思う。
その笑顔を見ると、いつだって頭を撫でてやりたくなる。
手越自身もそれを嫌がることなく、むしろ嬉しそうにしてくれるから。
妹はいても弟はいない俺にとっては、なんだかちょっとくすぐったくて嬉しかった。
「ん?どしたん?」
「あの、これからみんなでちょっとご飯食べに行こうよって話になったんですっ。
ノッティがなんかおいしい洋食屋さん知ってるって言うんで」
「あ、そうなんやー。ええやん」
「俺とまっすーとノッティと、あとシゲと小山くんと、山下くんまで来てくれるって!
それであの・・・よければ、内くんたちも来ませんか?」
「俺ら?うーん・・・」
本当は、もうこのまま大阪に帰ろうと思っていたんだけど。
腕時計を確認する。
時間はまだ夕方前。
今日はもうこれで東京での仕事は終わりだし、このまま大阪に帰るだけだ。
明日の大阪での仕事だって昼からだったから、少し付き合っても問題はないと思う。
何より折角手越が誘ってくれたんだから、と思えば行きたい気もした。
「ちょっとなら、いけるかなぁ」
「ほんとですかっ?」
手越の表情がまたパッと輝く。
それに笑いながらこくんと頷いてやった。
NEWS結成当初こそ、東京なんて怖いし行きたくないし、
何より知らん奴と一緒にグループ組んで活動するなんて冗談やあらへん、と思っていた。
俺にはもうエイトっていうホームがあったから余計に。
でもこうして毎回毎回東京まで遙々やってきて、一緒に仕事をしていく内に
次第にメンバーともうち解けて、ここでしか出来ないものも徐々に見えてきた。
そして最初は何だか遠巻きにこちらを窺ってくるだけだった、手越を初めとする年下の奴らが
懐いてくれるようになったことがとても嬉しくもあった。
だから今はむしろ、エイトのみんなと築いたような絆を
こっちのメンバーとも築いていきたいと思うようになっていた。
「そういや、みんなでご飯とか、まだ行けたことないもんなぁ」
「ですよねっ。ほら、内くんと錦戸くんはいつも大阪から来てくれてるし、
仕事終わったら疲れてるだろうし時間もないから、なかなか誘ったりできなくて」
「・・・あ、じゃあ手越の奢りなん?」
「えっ!いや、そんなっ、俺っ・・・えええ〜今日お金あるかなぁ・・・」
「ウソウソっ。冗談やってー」
ちょっと困ったように慌てて財布の中身を確認してる手越は
今時ちょっと珍しいってくらいに純粋。
「そうだよ手越、むしろ内が奢ってくれるってさ」
そう言って手越の顔を横から覗き込むように、山ピーがニコリと笑いかける。
綺麗な顔を崩すこともないその笑顔に、
手越は照れて赤くなりながら俺と山ピーの顔を交互に見ている。
俺には若干助けを求めるような視線と共に。
手越はどうやら山ピーに憧れているそうだから。
だから反射的に、山ピーを前にすると緊張してしまうらしい。
それを判っているのかいないのか、山ピーは何かあると妙に手越の近くに寄っていく。
・・・うーん、罪な男や。
けれどそんな目の前の光景を笑いながら見ていた俺に、背後からかかった冷めたような声。
「内、俺は行かんから」
当然それは部屋にいたメンバー全員に聞こえた。
目の前の手越と山ピーの表情が一瞬にして固まる。
手越はあからさまに眉を下げて残念そうにし、山ピーは少し表情を翳らせて視線を落とす。
他のメンバーだってみんな似たような表情。
亮ちゃんのその言葉は予想できなかったことじゃない。
きっとそれは俺だけじゃなくて、他のメンバー全員にとってもそう。
亮ちゃんは、みんなにそう思わせてしまうだけの態度をとっていた。
「・・・なんで?」
俺は振り返ってじっと亮ちゃんを見据える。
ぎゅっと拳を握りしめて。
亮ちゃんは俺の視線なんてものともせず、自分の荷物をまとめて
今にも出て行こうとするところだった。
「ちょっと用事あんねん。はよ大阪帰らな」
「用事?・・・用事って、なん?仕事はないやろ?」
「用事は用事や」
「せやから、それが何やってっ」
「・・・いちいちお前に言う必要あるんか?」
「あるから言うてんねんっ!」
俺は瞬間的にカッとなって、声を荒げた。
「う、内・・・」
小山の狼狽えたような声が聞こえる。
だって言わずにはいられなかった。
別に無理強いするようなことじゃない。
行けないなら行けないで、またの機会もある。
でももっと言い方はあるはずで。
亮ちゃんのこんな態度は今日に限ったことじゃなくて。
「亮ちゃん、いっつもそうや。なんでそうなん・・・」
「何がや。妙な言いがかりつけんな」
「こっちのみんなとも、もっと仲良うしようやぁ・・・」
「アホか。十分仲良うしとるやろ。これ以上どうせぇっちゅうねん」
どうしてなのか俺には判らない。
どうしてこっちのメンバーと自分との間にそんな壁を作るのか。
大阪から東京に出てきて、馴染めずにいるなら俺だって判らなくはない。
特に俺よりずっと繊細で人見知りな亮ちゃんだから。
俺と同じ尺度で考えてはいけないのも判ってるつもりだ。
でも、亮ちゃんの態度はそれを考えたって、俺には理解できなかった。
一体何がそんなに気に入らないのか。
みんなこんなにいい奴らなのに。
何がそんな壁を作らせるのか。
「なぁ、なんでぇ・・・」
何かあるなら言ってほしい。
俺で力になれることならなるから。
愚痴だって悩みだって聞くから。
でも俺がどれだけ言ったって、届かない。
亮ちゃんは耳を傾けてもくれない。
「せやから言うたやろ。・・・お前に言う必要はないわ」
突き放すような声。
泣きそうになった。
でも周りにはみんなもいたし。
何より、何かあればすぐ泣く奴だと亮ちゃんに思われたくなかったから。
ぎゅっと唇を噛んで我慢した。
そんな俺の肩が、後ろからポンと宥めるように叩かれた。
山ピーだった。
けどその視線は俺じゃなくて、目の前の亮ちゃんに向けられていた。
「残念だけど・・・。じゃあ、またの機会にね」
山ピーは特に何を言うでもなく、柔らかく笑った。
それに亮ちゃんは対照的に少し硬い表情で、一瞬の間を置いて小さく頷いた。
「・・・ああ、せやな。また誘ってや」
「お疲れさん。気をつけて帰って」
「ん。ピィもお疲れ」
それから亮ちゃんはちらっと手越を見た。
手越はぴくっと小さく反応して、何を言われるのかと少し緊張している様子だった。
「・・・ごめんな、手越。よければまた誘ってや?」
その優しい声音に手越はホッとしたように頬を緩めてから
こくこくと何度も頷いてみせた。
「あ・・・はいっ。絶対誘います!錦戸くん、おつかれさまっ!」
「おう。お疲れ」
そんな風に言えるのに。
優しい言葉もかけられるのに。
優しい表情だって向けられるのに。
ほんとはとっても優しいのに。
だからこそ、どうして?
訊きたくて、でもまたあんな冷たい声を向けられたらと思うとそれ以上は言えなくて。
メンバーに一通り声をかけてから出て行ってしまう亮ちゃんの背中をそのまま見送った。
「内、あんま気にしない方がいいよ」
山ピーの綺麗な顔に覗き込まれた。
それに曖昧に笑って頷く。
「俺さ、今度亮ちゃんにちゃんと訊いてみるから。そんな一人で思い詰めないで」
「ん・・・俺もまた別の時に訊いてみるわ。
あ、あと横山くんにもな、こっち来る前に頼んだから」
「そっか。そっちの方が確実かな?亮ちゃんと横山くん、昔から兄弟みたいに仲いいもんな」
こっちに住んでいるとは言え、山ピーは俺よりよっぽど昔からあの二人と面識があるから。
俺が横山くんに亮ちゃんのことを頼んだことも納得したようだった。
やっぱり最後の頼みは横山くんなのかもしれない・・・と実感すると同時、
俺はそれでも何となくそのままにできなくて、しておきたくなくて。
まとめておいた自分の荷物を持つと、
手越やみんなに謝ってからすぐさま部屋を出て亮ちゃんを追った。
あの後走って何とか追いついて。
結局はいつも通り一緒に新幹線で大阪への帰路についていた。
あんなやりとりをした後だっただけに
相当機嫌が悪くなっているだろう思って覚悟していた。
でも確かにそっけなくはあったけど、
予想外に亮ちゃんはいつもと変わらぬ態度だったから、内心ホッとしていた。
そして新幹線に乗るや否や、隣でさっさと寝てしまった。
一人にされるのは正直つまらなかったけど。
まぁ、機嫌悪く起きていられるよりはよかったんだろう。
俺は一人外の景色を眺めてぼんやりしていた。
一応暇潰しに漫画なんかも持ってきてはいたけど今は読む気になれなかった。
「はぁ・・・」
もう数え切れない程往復している景色はとっくに見飽きてしまっていた。
ちらりと盗み見るように視線を隣にやる。
少し俯き加減になったその寝顔は少し幼い。
普段は迫力十分なその何処か色気のある顔も、こうして目を閉じてしまえば可愛いものだった。
俺より年上には到底見えない。
もちろんそんなことを言ったら本気で怖いから言わないけど。
たぶんそんなことを言えるのはエイトでも上の三人くらいだ。
亮ちゃんが本当に幼い頃から面倒を見てきた三人。
中でも特に亮ちゃんから信頼されているのが横山くんだった。
詳しくは知らないけど、昔亮ちゃんが横山くんを尊敬してると言ってるのを聞いた記憶がある。
基本的に多くを口にしない、というか出来ない亮ちゃんだから。
そんなことを言った相手は俺が聞いた限りじゃ横山くんだけで。
だからこそ妙に印象強く残ったのを憶えている。
そして俺は最近それを妙に実感していた。
「・・・ん?亮ちゃん?」
隣で眠っていた亮ちゃんが小さく身動いだ。
起きたのかとそちらを見ると、薄い唇が小さく開いて何事か言っているようだった。
寝言だろうか。
「ん、・・・ん」
小さすぎてよく聞き取れない。
何か夢でも見ているんだろうか。
ちょっとした好奇心で、少し耳を近づけてみた俺の、右手が。
何かを探し彷徨うように動いたその手に緩く掴まれた。
「え・・・っ?」
「・・・ま、く・・」
「りょ、亮ちゃん・・・?」
緩く、けれどすぐさま強く。
ぎゅっと込められた力は寝ているとは思えない程で。
俺は小さく息を飲んでその顔を窺う。
いつの間にかきつく寄った眉根は何だか苦しそうだった。
起こすべきだろうかと迷う。
握られた手。
強く強く込められた力。
まるで縋るようなそれに、俺は妙な焦燥感を覚えた。
恐る恐る手を握りかえしてみる。
すると瞼がぴくんと動き、うっすらとその瞳が開いた。
「・・・う、ち?」
「あ・・・ごめ・・・」
俺は何故だか咄嗟に謝ってしまった。
きっと、その手を握り返すのが俺の役目ではないと無意識に判っていたから。
そして亮ちゃんは改めてそれを俺に意識させた。
「なんや・・・お前か・・・」
寝起き特有の掠れた声でそう呟いて。
握った手はすげなく離される。
胸がズキンとした。
「もう着いたか?」
「あ、いや、まだ・・・もうちょっとかな」
「そか。・・・ふぁ、起きてもーたわ」
「なぁ・・・亮ちゃん・・・?」
「あん?」
その手が、夢の中で求めた手。
他の誰でもなく、・・・当然俺ではなく。
求める手は、たぶんたった一つ。
「はよ横山くんに会えると、ええなぁ・・・?」
何言うてんねん、俺・・・。
俺が言うようなことじゃない。
いまさらそんなことを。
そんな分かり切ったことを。
「・・・せやな。はよ着かんかな」
「ん・・・」
「もう一眠りするわ」
「ん・・・」
亮ちゃんにとっても、まさに分かり切ったことだったんだろう。
特に不審がることもなく。
彼はまたさっさと眠りについてしまった。
けれど俺は分かり切っていたはずなのに、いまさら思い知らされる。
ああ、亮ちゃんにとって横山くんはほんまに大事な人なんや。
何を置いても早く会いたい人。
それだけ信頼していて、懐いている人。
そんなのはいまさらなはずなのに、どうして。
判っていたはずだからこそ、
今回こっちに来る前だって亮ちゃんのことを頼んできたんじゃないか。
なのに、どうして。
・・・俺は、自分の手を求めてほしかった?
翌日の昼は大阪でレギュラー番組の録り。
仲間たちの弾けたリアクションに、俺は終始笑ってばかりだった。
「おつかれ〜。うあーまだ腹痛いー。もーおかしすぎるわ・・・」
「おつかれさーん。内、まだ笑ってるん?ツボが沢山ある子やなぁ」
マルはミネラルウォーター片手に俺を覗き込んでくる。
その顔を見て俺はまた吹き出してしまった。
「なに〜?ちょ、失礼やんっ」
「ご、ごめ・・・やってほんま、めっちゃおかしかってんもん。
マルもすばるくんもほんまおかしかったわぁ」
「そういう内こそおかしいわぁ」
「俺は普通やで。あー笑い死ぬかと思った」
完全に疲れがとれたわけではなかったけれど、収録は至極楽しいものだった。
どうにもこっちの仲間達は気心が知れすぎていて遠慮というものがない。
だから俺はいつも腹が痛くなるまで笑わされるし、それが許されてしまう環境にあった。
正直甘やかされている感は否めないし、それだけじゃいけないとは思うけど。
どうにも居心地の良いこの場所にいると、やはり帰ってきたというのを実感する。
それは亮ちゃんも同じだったようで、俺程大袈裟に反応するわけではないものの、
至極楽しそうに上の三人からいじられていた。
特に横山くんにから構われている時の亮ちゃんは本当に嬉しそうで。
その笑顔を見てしまえば、とりあえずはこれでええんかな・・・と思った。
「・・・はぁ。よう笑った」
「そらよかったわ。ほい」
ようやく一息つく。
マルは俺に飲みかけのミネラルウォーターをくれた。
それをごくごくと飲んでいると、マルが不意ににこりと笑った。
何かと首を傾げる。
「内、なんや最近変わったよなぁ」
「え?」
「ちょっと積極的になってきた気ぃするわ」
「え、ちょ、うそぉ・・・」
「嘘なんて言わへんて〜」
「でも、俺今日なんてほんま笑ってただけやで?」
「んー、そうでもないと思うで。
少なくとも前よりかは、なんや前に出てくるようになってきた感じする。
まぁ、俺はそう思ってん」
「そう、なんかなぁ・・・」
「うん。せやで。NEWSで頑張っとるからやんな」
自分ではあまり意識はなかったけど。
環境が劇的に変わって、それは俺にも少なからずの影響を及ぼしているのは当然で。
そんな中で俺はそれを良い方向に向けることが出来ているんだろうか。
周りにはそう見えているんだろうか。
「・・・そう、なんかなぁ」
「せやでーきっと」
「うん・・・」
「よかったなぁ」
「・・・よかったと、思う?」
「当たり前やん。俺は嬉しいで」
「・・・うん。ありがとな」
躊躇いなくそう言ってくれるマルの笑顔が嬉しかった。
こうして励まして後押ししてくれる、そんなエイトのメンバーがいるからこそ
俺はNEWSでも頑張れるんだと改めて思った。
最初こそ掛け持ちなんて体力的にも精神的にも大変すぎて、
むしろどっちつかずの中途半端なことになってしまうんじゃないかと思っていたけど。
俺はちゃんと良い方に変われているんだと、少しだけ自信を持てた。
それは周りの人に言ってもらって初めて判ることだった。
自分ではなかなか判らない。
そのままマルと一緒に帰ることになった俺は、さっきのミネラルウォーターのお返しにと
ジュースを買ってやろうと思って自販機に走った。
マルの好きな種類の奴が、確かこのスタジオの一番端の自販機にあったんだ。
あまり普段は使われないのか、人気も少なくてちょっと遠いそこだったけど。
上機嫌で足取りも軽かったから割とすぐに着いた。
この廊下を曲がればすぐそこ・・・というところで、俺は聞き慣れた声を聞いた。
・・・聞いてしまった。
『・・・おい、おまえはほんまに我慢てモンを知らんのか』
これは・・・横山くん?
なんでこんなとこに?
思わず足を止めた俺の耳に届く、もうひとつの声。
『知りませんね。やってあんたがあかんねんもん』
亮ちゃんや・・・。
二人で、こんなとこで、何して。
俺と同じようにジュースを買いに?
でも、そんな雰囲気でもなかった。
『何がやねんな。ったく・・・昨日散々やりよったくせに・・・』
『あんなん全然足りひんわ。三日も離れててんで?』
『たったの三日やろ・・・』
『三日も、や』
なんやろ、この会話は・・・。
俺の頭は軽く麻痺してしまったように緩慢な思考しか出来なかった。
二人の仲がいいのは知ってる。
横山くんが亮ちゃんを可愛がっているのは知ってる。
亮ちゃんが横山くんを慕っているのはよく知ってる。
だって昨日の新幹線でだって、亮ちゃんは横山くんの手を求めてた。
夢に見るくらい。
でも、まさかこんな会話は想像していなかった。
出来なかった。
出来なかった俺が悪いんだろうか。
けどしょうがない。
こんなの想像しようがない。
だってこれは、これじゃまるで・・・。
『・・・なぁ、キスだけ』
まるで・・・恋人同士の会話だ。
『人来たらどないすんねんおまえは・・・』
『せやから、すぐすます』
『・・・早うせぇよ』
『ん』
呆れたような、軽く諦めたような、そんな横山くんの声。
そしてそれに嬉しそうにかぶる亮ちゃんの声。
『俺な、あんたを我慢できへん』
まるで甘えるみたいな、でも何処か強い口調。
初めて聞いた。
『・・・しゃあない奴やわ』
そんな許すみたいな柔らかい、けれど何処か弱い口調。
初めて聞いた。
俺が知らなかっただけ?
もうずっと前から?
それともつい最近?
・・・ああ、でもそれなら納得できる。
亮ちゃんが最近大阪に帰る時嬉しそうにしているワケ。
そういうことやったんか・・・。
『んっ・・・』
横山くんの鼻にかかったような声。
この角を曲がった先で何が起きているのか、まさか判らない程子供じゃない。
みんなにはまだまだ子供扱いされているけど。
自分でもそれを甘んじて受けているけど。
俺だって、もう子供じゃないんだ。
だから自分が今どういう感情を抱いているのか、判ってしまった。
俺は頭の中がパンクしそうで、他に何も考えられなくて。
ただその場を走り去った。
物音を立てずにいけたかどうかまでは判らなかった。
「あれ、内?どないしたん?」
結局ジュースも買えず、元来た道を戻っていると。
そこに出会したのは大倉だった。
怪訝そうな顔が俺に向けられる。
俺は今どんな顔をしているんだろうか。
「や、ちょっとな、ジュースをな・・・」
「ジュース?マル待ってたで?」
「あ、そうなんや。うん、うん、判った・・・すぐ、行くわ」
とりあえずトイレにでも寄って顔を洗っていこう。
そう思って大倉の横をすぐさま通り過ぎようとした。
「・・・あ、内」
「な、なに・・・?」
「横山くん見んかった?」
「あ・・・」
俺はあからさまに動揺した。
今見てきた・・・いや、見てはいない。
見ることなんて出来るはずもなかった。
ただ、会話と音を聞いただけ。
そうして想像しただけ。
「ん?」
「いや・・・見てへんわ・・・」
「そか」
特に頓着もなく頷くと、大倉はそのまま向こうに歩いていってしまう。
俺はそこではたとする。
向こうにそのまま行けばあの曲がり角にぶつかる。
そうして曲がればそこには・・・。
「・・・あ、大倉っ」
「なに?」
素直に足を止めて振り返る。
けれど俺は止めた理由を考えていなかった。
ただ何となく、それは俺の胸の内に留めておかなければならない気がして。
「あんな、あんな・・・」
「うん・・・?」
「お、大倉も、俺らと一緒に帰らへん?」
「一緒に?ええけど」
「うん・・・じゃあ、一緒に行こ!」
「あーでも、その前に横山くんにちょっと用あんねん。探さな」
「今日やないとあかん・・・?」
「あかんていうか・・・」
大倉は不思議そうな顔をする。
なんでそんなことを言うのかと。
「ていうか・・・」
俯きがちに言いよどむ俺をぼんやりと眺めながら。
大倉は妙に静かな口調で呟いた。
「ああ、あの人・・・」
それは、さも当然のような口調でもあった。
「亮ちゃんと一緒にでも、おった?」
俺はまた動揺した。
がばっと顔を上げ、その真意を窺う。
けれど大倉はそんな俺に一歩近づいたかと思うと、じっと見下ろす。
俺がそれを見たというのを既に前提として。
「内は気付いた?何に気付いた?」
「え・・・?」
「あの二人の関係だけ?」
何を言いたいんだろう。
あの二人の関係だけって、どういうこと?
それ以上の何があるんだ?
それ以前に俺にとってみれば、まずはその「関係」って奴自体が
信じられない・・・信じたくないことだったのに。
「俺・・・全然知らんかった」
もう誤魔化すことも忘れ、ぽつりと呟いていた。
口に出せば実感する。
俺はショックだったんだ。
「俺もつい3日前くらいまで知らんかったで。
・・・ていうか、実際そういうとこ見たわけでもないし、俺は」
「そうなん?まぁ・・・俺も、会話を聞いただけやねんけど・・・」
ショックだった。
それはつまり、俺が亮ちゃんのことを・・・。
「あーあ・・・そうなんや。仲ええもんなぁ。
亮ちゃん、東京から帰る時もいっつも嬉しそうにしとったし。
そういうことやったんやぁ・・・」
「・・・・・・」
「恋人同士なら、そらそうやんなぁ・・・」
口にしなければ逆により落ち込んでしまいそうで。
一人ぶつぶつとぼやく。
大倉はそんな俺を見てぽつりと呟いた。
「・・・恋人同士なら、あんな顔、するんかな」
「え・・・?」
言葉の意味が判らなかった。
大倉は珍しく眉根を寄せて低い声音をさせた。
「あの二人、ちょっとやばい」
「やばい・・・?え、なに、それ、」
「なんかおかしい」
「おかしいて・・・なんのこと?」
「ほんまに恋人なら。あんな顔する方も、させる方も、おかしいねん」
「あんな顔・・・?」
やっぱり意味が判らなかった。
大倉の言っている言葉の意味が、俺にはほとんど理解できない。
あんな顔ってどんな顔?
それは、誰のことを言ってる?
・・・ただそれが、どう考えても良いものではないことだけは判った。
「何でなんやろ・・・」
「大倉・・・」
「何が変わってしまったんやろ」
それは俺にというよりかは、自問自答のようだった。
いや、むしろこの場にはいない二人へ向けてのものだったかもしれない。
俺には依然として意味は判らなかったけれど。
人は変わる。
様々な要因で。
ただそれが、良いものなのか、それともそうではないものなのか。
それは自分ではなかなか判らない。
俺は妙に漠然とした不安を抱えて、目の前の大倉を見つめるしかなかった。
二人はまだ、戻ってこない。
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(2005.5.18)
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