泡沫 1
「横山さん、お久しぶりです」
「・・・どうも」
薄暗い店内。
カウンターにもたれかかっていた横山の生白い顔を間接照明の微かな明かりが照らし出す。
伏し目がちな瞼は光を受けた細い睫に彩られ、ぴくりと一瞬だけ震えた。
仄暗い穴倉のようなその空間にあって、まるで浮き上がるような白い顔。
憧れた陽の光を閉じこめたと言わんばかりに煌めく薄金茶の髪がそれを彩る。
いっそ何かの罠ではないかと勘ぐってしまう程に魅惑的な赤くふくよかな唇は甘い蜜を連想させる。
さっきからずっと一人でグラスを傾けるその姿は店内にあって一輪の白い花のようでもあった。
それは横山の素性や人となりを知っている者が見れば、花は花でもとんだ毒花だと、そう言うだろう。
けれどその花に毒があろうとなかろうと関係ない。
それは美しさによってのみ価値を決められるべきで。
むしろその内包される毒、それであってもなお真っ白に清純な姿を保つ姿にこそ目を逸らせない美しさがあるのではないか。
錦戸は薄い唇の端を僅かに持ち上げて、まるで花を観賞するような面持ちで横山を覗き込んだ。
「お一人ですか?」
「見れば判るでしょう」
錦戸をちらりと一瞥しただけで、すぐさま琥珀色のグラスに視線を戻してしまう。
まるで歓迎せぬ客。
あからさまにそんな態度を隠しもせず、むしろ近寄るなと遠回しに言っているような俯き加減の顔。
白く滑らかな指先がゆるりとグラスを傾け、中の氷が小さく音を立てる。
マスターに同じ物を頼むと、錦戸はその隣に片肘をついてどこか子供のように楽しげな顔で笑った。
「意外ですね。一人で飲むのがお好きでしたっけ?」
「・・・どちらかと言うと、そうですね」
「あなたは嘘つきだな。一人は嫌いなくせに」
それに眉一つ動かさず、その赤い唇だけがただゆるりと開いて琥珀色の液体に濡れる。
「嘘つきとは心外です。一体私の何を見て嘘だと仰るのか判りませんね」
依然としてこちらを見ることもしないその横顔にも特に不満げな様子は見せず。
錦戸はまるで色のないその会話すらも楽しむかのように自らもグラスに小さく口をつけ、緩い毒を流し込むようにして琥珀色の液体で喉を潤して続ける。
「そうだな、知っていることと言えば確かにあまりにも少ない。せいぜいが、身体の相性が良いことくらいですか」
「・・・それ、あまり面白い冗談とは言えませんよ」
「冗談ではないですよ?それこそ心外だな」
「・・・」
おかしそうな響きを湛えた錦戸の言葉に、横山は何も返さなかった。
ただうっすらと眉根が寄って僅かに不快そうな色が滲むのが見えた。
錦戸はそれにまた笑みを深める。
薄暗い闇の中に浮かぶただ唯一の白に、眩しげに目を細めながら。
「捜しましたよ、横山さん。あの亀梨と渋谷の一件以来、すっかり表舞台から姿を消してしまったあなたをね」
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