泡沫 2










まるで記事の対象を取材するような調子で好奇心を覗かせる錦戸に、白い手はグラスを傾けるばかりで瞳は一瞥もしない。

「あなたも随分とお暇なんですね。今をときめく売れっ子ジャーナリストが」
「お褒めいただけて光栄ですよ。しかしそれもこれも、あなたのおかげあってのものですから」
「私は何もしていませんが」
「何もしていなくはないでしょう。何かをしたからこそ、あなたは姿を消した」
「単なる充電期間ですよ」

職業柄、お互い腹の探り合いは慣れている。
だからこの程度のことで動揺すべくはずもない。
けれど横山はいつも・・・思えば出逢った最初から、錦戸の瞳には慣れなかった。
同じように裏の世界に生きる人間特有の昏い色を底に持ちながら、同時に妙に強い意志を感じさせる視線を投げかけてくる。

「そうですか。・・・ねぇ、横山さん」
「なんでしょうか」
「少しは僕の方を見てくれませんか?悲しくなるな」
「・・・」

慣れなかった。苦手だった。むしろ嫌いだった。
だからこそ横山はなるべく目を合わせないようにしてきた。どんな時でも。
相手に僅かでも弱味を握られることは、この世界では致命的。

錦戸はグラスの中の氷を揺らすと、次第に形をなくしていくそれに小さく唇を歪める。

「言っておくと、わざわざこうしてあなたを捜したことにさしたる意味はありません」
「・・・なら、何故」
「簡単です。・・・またあなたを抱きたくなったから」

始まりは既に曖昧な記憶でしかない。
それを憶えておくことに意味はない。
たぶん成り行きとか些細な興味とかその程度のことでしかなかった。
とりたてて珍しいことでもない。
ただ、それは刹那の何も生み出さない欲を満たすためだけのものだったはず。

「・・・錦戸さん」
「はい?」
「今仰ったことが本当だとして・・・さっきも言いましたが、随分とお暇なんですね」

依然として錦戸の方は見ない。
既に空になってしまったグラスから指は離れ、代わりに胸から取り出した煙草に小さく火が灯された。
揺らめく白い煙が微かな苦みとなって錦戸にも届く。
それは些細で確かな拒絶のような。
赤い唇がゆるりと開いて何処か甘い声で呟く。

「滅多なことは言わない方がいい」

酒、煙草、女、男、そして他人の人生。
それらを何とも思わずただの嗜好品として取り込んできた白い花は、それを特に気にした様子もなくただ無表情に毒を体内で作り出す。
その毒は彼を彩る甘く美しいものたちに常に紛れている。
一点の穢れもなく白い顔は、けれど世の黒いもの全てを飲み込んできた証なのかもしれない。
それを垣間見る度に錦戸は喜びにも似た何かが胸にざわつくのを感じる。
毒花を愛でるにはそれ相応のリスクを常に伴うのだ。
それでも錦戸が未だ止めることなく見つめる先。
たとえてみれば棘のような、その切れ長の瞳が一瞬鋭利に瞬いた。

「・・・余計な執着は、我が身を滅ぼしますよ?」









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