泡沫 4
そこには美しいけれど何処か空虚さを感じさせる光があった。
その昏い光に魅入られるように、錦戸はどこかうっとりとその瞳を見つめた。
「・・・いいな。僕のような素人が言うのは何ですけど、どうせなら今度はあなた自身が映画に出てみればいい。
あなたのその容姿ならば数多の観客を魅了できるでしょう。何なら僕が宣伝しましょうか?」
まるで冗談めかして肩を竦めながら言う錦戸の漆黒の瞳を何処か探るように見て。
横山は灰皿の上にある黒革の手帳を手に取ると、スッと音もなく錦戸の方に戻した。
そしてまた煙草を取り出し火を灯す。
再び煙と共に吐き出された言葉には確かな不快感が滲んでいた。
「さっきからあなたの冗談は私には合わないようです。・・・あなたさっき嘘をつきましたね」
「なんのことでしょう?」
「私を捜したことにさしたる意味はない・・・・・・全くの、嘘だ」
今度こそあからさまな棘を隠そうともしないその様子。
錦戸の瞼は緩く伏せられ、その頭は小さくその場に垂れた。
「それは申し訳ない。素直に謝りましょう」
けれど再び頭を上げ、じっと横山を見据えた錦戸の表情は何か確信を得た表情だった。
まるで獲物を捕らえたと言わんばかりの鋭い光が瞳の奥に宿っている。
「・・・ただ、さっきの僕の言葉が嘘になるのだとすれば、・・・そこに意味が生まれるのだとすれば、」
横山の口元にあった煙草が、錦戸の細く節張った指先にさりげなく奪われる。
「横山さん、あなたあの件を自分で認めるんですね?」
「・・・・・・」
何も言葉を発しない横山を後目に、錦戸の薄い唇はそれをゆっくりと味わうように煙を燻らせた。
持ち主の変わったその煙草はそれでも変わらず白い揺らめきと共にあった。
そしてその様をぼんやりと眺めてから、何故か横山は不意にうっすらと笑った。
ぽってりした赤い唇が緩やかなカーブを描き、妙に艶やかで。
今度は錦戸がそれを無言で見つめた。
薄く開いたその唇。
取り巻く空気が、変わった。
さっきよりも棘のとれたそれは、だからこそより危うく甘い罠のよう。
「・・・別に嘘なら嘘で構いませんよ。むしろ抱きたくなったから、なんて言われるよりよっぽどいい」
「そうですか・・・僕にとってはそれはそれで残念ですが」
「そろそろいいでしょう。だいぶお時間を取らせてしまいました」
横山は額にかかっていた髪を鬱陶しげにかきあげ、錦戸の方に改めて向き直った。
さらりと流れた薄金茶のそれが薄暗い店内に小さく光を弾く。
「ビジネスに入りましょうか?」
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